NEWS/RELEASE
宇宙空間での「タンパク質結晶化実験」に成功
~生物機能の解明や創薬への貢献に向け、独自開発の「Au(金)のナノ構造形成技術を応用した宇宙空間分子結晶化実験ユニット」を宇宙空間に設置・観察~

宇宙空間に設置された実験ユニット内に生成されたタンパク質結晶(偏光顕微鏡で拡大)
2025年8月4日
株式会社田中貴金属グループのTANAKA未来研究所は、「Auのナノ構造形成技術を応用した宇宙空間分子結晶化実験ユニット」を開発しました(特許出願中)。アメリカのケネディ宇宙センターより2025年4月21日(現地時間)に打ち上げられた国際宇宙ステーション(以下、ISS)無人補給機・SpaceX CRS-32へ本実験ユニットを搭載し、「宇宙空間でのタンパク質結晶化実験」を実施しました。
約1カ月間のISS・コロンバス実験棟での設置・観察を経て、無事に地上へと帰還した本実験ユニットにおいて、宇宙空間でのタンパク質結晶化実験の成功が確認できました。
本実験の意義
宇宙空間でのタンパク質結晶化実験は、重力の影響を排除できるためタンパク質分子の詳細な構造解析に有用とされており、生物機能の解明や創薬に大きく貢献することが見込まれています。一方で、タンパク質結晶化実験は結晶の発生確率が非常に低く、高コストで実験回数が限られることが宇宙実験における課題となっていました。
TANAKA未来研究所が開発した「Auのナノ構造形成技術を応用した宇宙空間分子結晶化実験ユニット」は、Auのプラズモン共鳴(※1)を利用したタンパク質結晶化技術により、結晶発生確率を上げられるため、よりコストパフォーマンスの高い効果的な宇宙実験が可能になることが期待されます。その結果、生物機能の解明や創薬研究の発展等に寄与できると考えています。
「Auのナノ構造形成技術を応用した宇宙空間分子結晶化実験ユニット」の優位性
Auナノ粒子の表面にはタンパク質分子が吸着しやすく、また、Auナノ粒子間では可視光域内の波長でプラズモン共鳴を起こすため、タンパク質の結晶化が促進されます。
TANAKA未来研究所では、Auナノ粒子間で光のエネルギーが凝縮されることで、タンパク質の結晶核の発生がさらに促進されることを発見しました。また、宇宙空間という微小重力環境下では、重力による対流や沈降の影響を受けないため、地上よりも質の高い結晶や大型結晶の生成が期待されます。
そこでTANAKA未来研究所は、Auのナノ構造形成技術と組み合わせて、カウンターディフュージョン法(※2)で使用する結晶発生能力の高いキャピラリー(ガラス製の筒状デバイス)(図1)を開発しました(特許出願中)。
内径0.5mm、長さ5cmのキャピラリーの内壁には、ナノレベルに粒子化したAu(直径の平均値は20nm)が、Au粒子の表面近傍でプラズモン共鳴がより発生しやすいナノレベル間隔(表面間距離の平均値は40nm)で整列しています。
重力の影響を受けない宇宙空間で実験を行うことに加え、本ユニットを利用することで、困難とされていたタンパク質結晶を得られる確率が飛躍的に向上することが期待されます。

図1. a)キャピラリー写真、b)キャピラリー模式図、c)内壁の電子顕微鏡画像
本実験の概要
本実験では、無人補給機・SpaceX CRS-32への「Auのナノ構造形成技術を応用した宇宙空間分子結晶化実験ユニット」搭載にあたり、宇宙実験コンサルティングを行う有人宇宙システム株式会社による「Kirara」サービス(https://www.jamss.co.jp/space_utilization/kirara/)を利用しました。
具体的には、キャピラリーにタンパク質溶液を充填し、チューブ(袋)に封入した上で、Kirara装置(恒温槽)(図2)に格納し、同ユニットをロケットに搭載して宇宙空間へと打ち上げました。

図2. 中央に浮かぶKirara装置

図3. 実験チャンバーに設置されたKirara装置
【宇宙空間でのタンパク質結晶化実験の流れ】 ※アメリカ現地時間
- 4月7日:試料を日本から米国へ発送
- 4月13日:米国フロリダ州ケネディ宇宙センターに到着
- 4月19日:試料をKirara装置に格納し、ロケットに搭載
- 4月21日:Space-X社製ファルコン9ロケット(CRS-32)にて打上げ
- 4月22日:ISS(国際宇宙ステーション)へ到着
- 4月23日:Kirara装置をISSのコロンバス実験棟へ設置(図3)
- 5月21日:Kirara装置をISSのコロンバス実験棟から取り外し
- 5月25日:Kirara装置を搭載したCRS-32が地球へ帰還
本実験の結果
Auのナノ構造形成技術を応用した宇宙空間分子結晶化実験ユニットを用いて、宇宙空間でのタンパク質結晶化に成功しました(図4)。

図4. 上)結晶化溶液中NaCl濃度:750mMにおいてキャピラリー内に生成されたタンパク質結晶
下)偏光顕微鏡で拡大したタンパク質結晶
以下のグラフ(図5)は、ISSで実施されたタンパク質結晶化実験の最終結果を示しています(※3)。横軸は結晶化溶液中のNaCl濃度(mM)を、縦軸はキャピラリー内における結晶の発生数平均(個/本)を、それぞれ示しています。
また青色の棒グラフ(Au(-))はAuナノ構造が形成されていないキャピラリーでの結果を、赤色の棒グラフ(Au(+))は Auナノ構造が形成されたキャピラリーでの結果を、それぞれ示しています。
Auナノ構造が形成されたキャピラリー(赤色の棒グラフ)の方が結晶発生数が多いことがわかります。

図5. ISSで実施されたタンパク質結晶化実験の最終結果
【実験における各種条件】
- キャピラリー条件:内径0.5mmのキャピラリーを使用し、その内壁に直径20nmのAuナノ粒子構造が形成されています(地上事前実験と同様)。
- 溶液条件:宇宙実験用に精製されたLysozyme(リゾチーム)をタンパク質溶液として25mg/L使用しています。結晶化溶液には、NaCl濃度が650mM、700mM、750mMの3種類が用意され、加えて酢酸バッファー(pH4.5)50mMとPEG(4K)20%が含まれています。
- 結晶化実験:カウンターディフュージョン法を用い、20°Cで静置し、無重力環境下で34日間結晶化を観察しました。
本実験担当研究員からのコメント
石橋 毅之
TANAKA未来研究所 主席研究員
TANAKA未来研究所発足当時から貴金属の応用先として、極限環境下での使用を想定していました。企画構想段階で終わることの多いテーマを掲げている中、初成果が宇宙実験となり、また、現物を社内のコンセプトルームに展示できたことを大変嬉しく思います。宇宙で結晶化したタンパク質を地上で実際に目視したことで、2085年に向けた未来の結晶の種の可能性を改めて感じています。様々な方の協力をもとに本成果が得られました。改めて、社内外の関係者の皆様に感謝申し上げます。
伊東 正浩
TANAKA未来研究所 主席研究員
今回の宇宙実験は、私たちにとって「一歩を踏み出す」という、大変意義深いプロジェクトでした。田中貴金属は貴金属を扱う企業として、以前より宇宙分野への取り組みが期待されておりましたが、本格的な挑戦としては今回が初めてとなります。「理論を考えるだけに留まらず、実際に宇宙へ飛ばしてみよう」という思いからスタートした本プロジェクトは、「好奇心を燃料に、未来の “貴少” 価値を実体化させる」というTANAKA未来研究所の姿勢を体現した取り組みと感じております。

図6. 左)実際にISSへ行った実験ユニット 右)Kirara装置のレプリカ
(本社内設置のコンセプトルーム「DOCK2085」にて展示)
20250804_宇宙空間での「タンパク質結晶化実験」に成功.pdf
(※1)プラズモン共鳴:ナノレベルまで粒子化したAu表面で特定の波長の光を吸収する現象。Auナノ粒子がナノレベルの間隔まで接近するとさらに増強されます。
(※2)カウンターディフュージョン法:タンパク質を結晶化させる手法の一つで、キャピラリーの中のタンパク質溶液と外部の結晶化溶液を双方向に拡散させて結晶を得る方法です。その際にキャピラリー内に濃度勾配が発生するため、幅広い結晶化条件を同時に探索することが可能になります。また、結晶化の最中にタンパク質が濃縮されないため、結晶の成長が穏やかに進みます。
(※3)Auナノ構造があるユニットのほうが結晶発生数が多かった一方で、実験水準が少ないため、有意差有とは断言できません。また、事前に実施した地上実験と比較すると、全体的に結晶発生数が少なく、これは溶液充填から結晶化開始までの日数が長くなったことが影響していると推測されます。