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バイオマス由来の航空燃料を一から作る方法

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2021年、世界のCO2排出量の約4分の1は交通セクター由来で、航空機はその多くの部分を占めた。電気自動車(EV)の急成長により、地上交通はクリーン化が進んでいるものの、今日のバッテリー技術では重量あたりのエネルギー出力に関して、化石燃料由来の液体炭化水素に及ばないため、航空部門の先行きが大きく懸念されている。一方、旅行需要の増加の見通しに基づき、ジェット燃料の消費量は現在から2050年までのあいだに倍増が予測されている──そして世界の航空業界は、その2050年までにカーボンニュートラルを実現するという目標を掲げている。

多くの組織が、100%持続可能な航空機向け炭化水素燃料の開発を目指しているが、成果は芳しくない。課題の一つは、航空燃料に関する規制が非常に厳しいことだ。「この区分の燃料には、化学組成と物理特性に関して事細かな必須要件が定められています。航空機エンジンの内部で何らかの異常が生じるリスクは冒せないからです」と説明するのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)Robert T. Haslam化学工学教授のユーリ・ローマン=レシュコフだ。「上空3万フィート(約9144メートル)を飛ぶ航空機の外は非常に寒く、低温で燃料の粘性が増したり凍結したりしてはまずい。要件が細かく定められるのはこのためです」

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ユーリ・ローマン=レシュコフ教授と共同研究者たちは、航空燃料に必須の成分の一つをリグニンから生み出す新たな方法を実証した。リグニンは、一般にバイオマスの精製過程で廃棄されている植物素材だ Image Credit:Gretchen Ertl

航空燃料は、主に2種類の化合物の組み合わせで構成される。全体の75~90%を構成する脂肪族化合物の分子は、炭素原子が長く鎖状に連なってできている。「ディーゼル燃料に含まれるものに似た、典型的な炭化水素です」と、ローマン=レシュコフは説明する。残りの10~25%は芳香族化合物で、個々の分子が6つの炭素原子からなる環状構造(芳香環)を少なくとも1つ含んでいる。

ほとんどの交通燃料において、芳香族炭化水素は汚染源とみなされており、可能な限り除去される。しかし航空燃料の場合、芳香族化合物は、燃料全体に必須な物理特性や燃焼特性を持つため、一定量を残す必要がある。また、芳香族化合物はもう一つ、航空燃料の燃焼システムの内部で密封状態を保つという、必要不可欠な役割を担っている。「芳香族化合物はプラスチックのシールに吸収され、シールを膨張(シール膨潤)させます」と、ローマン=レシュコフは説明する。「なんらかの理由で燃料が変質した場合、シールも変化し、極めて危険な状況が生じます」

こうした理由で、芳香族化合物は航空燃料の必須要素であると同時に、持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)の実現を妨げる障壁でもある。植物の不可食部分やその他の再生可能原料から脂肪族化合物を製造するノウハウをもった企業はすでにあるが、持続可能な原料から芳香族化合物を生産する手法を確立した企業はまだない。その結果として「混合の壁」が立ちはだかっていると、ローマン=レシュコフは解説する。「出所はともかく、芳香族化合物が必要不可欠であるため、混合燃料の特性を変えずに持続可能な脂肪族炭化水素の割合を高めるといっても、そこには必ず上限があります」。同じような「混合の壁」はガソリンにも見られると同氏は指摘する。「エタノール資源は豊富にありますが、ガソリンの特性を変えずに混合できるのは10%が限界です。実際、現行のエンジンは15%エタノールでさえ、改良なしには対応できません」

再生可能原料の資源は豊富。問題は、どう変換するか

ローマン=レシュコフが率いるMITの研究チーム(2021年に博士号を取得したマイケル・L・ストーン、大学院生のマシュー・S・ウェバーら)は、過去5年にわたり、共同研究に参加するワシントン州立大学、米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)、パシフィック・ノースウエスト国立研究所とともに、SAFの問題を理解し解決に導くことを目標としてきた。研究チームが注目したのは、植物の構造を支えて微生物や菌類から保護する硬い物質のリグニンだ。リグニンはバイオマスに含まれる炭素の約30%を占めるが、バイオマスからエタノールを精製する際には廃棄物として残される。

リグニンを有用な製品に転換する方法に関しては、積極的な試みはあるものの、採算性のある大規模化が可能な方法はいまだ見つかっていない。なぜか? ローマン=レシュコフによれば、リグニンが「化学的に頑強」であるためだ。有用な形で化学反応を起こすのが難しく、結果として毎年数百万トンのリグニン廃棄物が低質燃料として燃やされ、肥料として散布され、あるいは単に捨てられている。

問題を理解するには、原子レベルでの現象に注目する必要がある。出発点である1つのリグニン分子は大きな「マクロ分子」であり、数多くの芳香環が酸素原子や水素原子でつながったネットワーク構造をもつ。端的に言えば、リグニンをSAFの芳香族成分に転換するには、すべての酸素原子を除去してマクロ分子を小さな断片に分解する必要がある。

一般に、リグニンの加工プロセスのほとんどは、リグニンのその後の連鎖的な結合を阻害する化学反応から始まる。バイオマスから抽出されたリグニンの内部では、芳香族分子同士が反応し、結合して強固なネットワークを築き、以降は反応性を失う。これによりリグニンは、航空燃料の原料としての有用性を失ってしまう。

こうした結果を避けるため、ローマン=レシュコフらのチームは、異なるアプローチを採用した。触媒を使用し、通常は抽出過程で生じない化学反応を誘発したのだ。ルテニウムベースの触媒を用いてバイオマスを処理することで、バイオマスからリグニンを除去し、リグニンオイルと呼ばれる黒液として分離した。この物質は化学的に安定であり、芳香族分子同士が反応・結合することはない。

こうして研究チームは、従来のリグニンのマクロ分子を、1つか2つの芳香環だけを含む断片に分解することに成功した。ただし、断片化された分子は反応性を失ったものの、まだ酸素原子を含んでいる。このため、酸素原子の除去という課題は残された。

リグニンオイルに含まれる分子を、目的の芳香族分子に加工するためには、1ステップで3つの成果を実現する必要があったと、ローマン=レシュコフは述べる。第一に、炭素と酸素の結合を選択的に破壊して、酸素原子を解放すること。第二に、炭素以外の分子が芳香環に取り込まれるのを防ぐこと(例えば、化学的変換の過程に一貫して介在する、水素ガス由来の原子が取り込まれてはならない)。第三に、分子の炭素骨格、すなわち炭素原子が残された芳香環をつなぐ構造を維持することだ。

最終的に、ローマン=レシュコフらの研究チームは、3つの条件をクリアする特別な素材にたどり着いた。炭化モリブデンベースの触媒だ。「実に驚くべき触媒であり、3つの条件を非常によく満たします」と、ローマン=レシュコフは述べる。「加えて、不純物に対する耐性がずば抜けています。植物には、タンパク質、塩類、硫黄などさまざまな物質が含まれており、これらはしばしば触媒の機能を失わせる有害物質となります。しかし炭化モリブデンは非常に頑強で、不純物に強く影響されることがありません」

ポプラの木から得たリグニンで実証

研究チームは、独自のアプローチを実験室で検証するため、まずは特殊な「トリクルベッド」反応装置を設計・構築した。これは、液体と気体の両方が下方に流動し、触媒粒子を敷き詰めた層を通過するタイプの化学反応装置だ。次に、原料としてポプラ由来のバイオマスを入手した。ポプラは成長が速く、施肥をあまり必要としないため、「エネルギー作物」として知られる樹種の一つだ。

研究チームはまず、ポプラ由来のバイオマスをルテニウムベース触媒の存在下で反応させ、リグニンを抽出し、リグニンオイルを精製した。次にこのオイルを、炭化モリブデン触媒を配置したトリクルベッド反応装置に通した。こうして得られた混合物には、目的の物質が含まれていたものの、かなりの部分がまだ酸素原子を含んでいた。

ローマン=レシュコフは、トリクルベッド反応装置の内部でリグニンオイルが触媒に曝露される時間は、オイルが触媒の層をどれだけ速く滴下するかに完全に依存することに注目した。曝露時間を伸ばすため、チームはリグニンオイルを同じ触媒に二度通してみた。だが、二度目の曝露で得られた混合物の組成は、一度目の曝露の結果に基づく予測とは異なっていた。

さらなる検討の結果、原因が明らかになった。リグニンオイルが最初に反応装置を通過する際、触媒表面に酸素が蓄積される。この酸素の蓄積によって触媒の挙動が変化し、特定の物質が得られたり、得られなかったりしていたのだ。鍵を握っていたのは温度。「温度と酸素濃度が、最初の滴下における触媒の状態を定めます」と、ローマン=レシュコフは説明する。「続く二度目の滴下では、流体中の酸素濃度が低下しており、触媒は残された炭素と酸素の結合を完全に破壊できます」。したがって、このプロセスは連続的に作用させることが可能だ。別々の触媒層を内蔵した2つの反応装置を用意し、直列で連結することで、最初の反応装置にリグニンオイルの下処理をさせ、2番目の反応装置で残った酸素をすべて除去することができる。

ポプラ由来バイオマスから得られたリグニンオイルを使用した一連の実験から、研究チームは、最適な結果が得られる温度条件を導き出した。第一段階は摂氏350度、第二段階は摂氏375度というものだった。この最適条件下において得られた混合物は、目的の芳香族化合物が大部分を占めていた。残りは、ジェット燃料に使用し得る少量の脂肪族化合物と、残った酸素を含む分子だった。重量比で、理論値の87%を超える芳香族化合物を生成したあとも、触媒は安定を保った。

「炭化モリブデン触媒を使って化学反応を起こすことで、我々は、理論値の約85%の炭素収量を得ました」と、ローマン=レシュコフは言う。「ほとんどのリグニン転換プロセスにおいては、炭素収量は極めて低く、10%台にとどまります。だからこそ、触媒化学コミュニティーは我々の成果に沸き立っています。我々がこの触媒で実現したような炭素収量は、これまで誰も見たことがないものです」

だが、重要な問いが1つ残されている。反応で得られた混合物は、航空燃料に必要な特性を備えているのだろうか? 「我々が今回の触媒基質を使って生み出した燃料の組成は、標準的なジェット燃料のものとは異なります」と、ローマン=レシュコフは説明する。「必須要件を完全に満たしていないかぎり、ジェット燃料として承認されることはないでしょう」

品質の検証のため、ローマン=レシュコフらのチームは、燃料の検査に特化した燃焼ラボがあるワシントン州立大学にサンプルを送った。サンプルの成分組成と特性に関する一次検査の結果は上々だった。チームは、成分組成と公開されたプレスクリーニング検査のツールと手順に基づき、サンプル特性の事前予測をおこなうことで良好な見通しを得た。例えば、凝固点、粘性、煤(すす)生成閾値は、従来の航空燃料に含まれる芳香族化合物よりも低いと予測される。つまりこの素材は、従来の芳香族化合物と比べてエンジン内部を流れやすく、凝固しにくく、燃焼時に大気中に排出する煤が少ないと考えられる。全体として特性予測は、従来の航空燃料に含まれる芳香族化合物と同等か、より優れていた。

次なるステップ

チームは現在、サンプル混合燃料が異なる温度の下で示す挙動について、とりわけ重要な役目であるジェットエンジン内部のシールへの浸透と膨張の効果に注目して研究を続けている。「これらの分子は、ジェット燃料に通常使用される芳香族分子ではありません」と、ローマン=レシュコフは言う。「サンプルのシールを使った暫定的な実験結果では、リグニン由来の芳香族化合物がシールを膨張させる効果に、(従来の物質との)違いは見られていませんが、さらに検証が必要です。いかなる誤りも許されません」

また、ローマン=レシュコフらのチームは、NRELの共同研究者たちとともに、生産手法の大規模化にも取り組んでいる。NRELは、より大型の反応装置やその他のインフラを保有しており、次世代の持続可能な混合燃料の大量生産にはこうした設備が必要だ。これまでの結果は有望なものであり、研究チームは、ジェット燃料として承認されるために必要な追加試験の準備を進める意向だ。承認の完了までには、燃料サンプルの試験に加えて、エンジン稼働時の挙動も実証する必要がある(ローマン=レシュコフが補足するように、「飛行中にではなく、実験室で」の話だ)。この実証実験には大量のサンプルが必要であるだけでなく、長い期間と多額の費用が必要だ。だからこそこの実証実験は、持続可能な次世代航空燃料の承認に必要な、厳格な試験の最終段階とされている。

ローマン=レシュコフらは現在、独自に開発したアプローチを、他のタイプのバイオマスにも応用している。マツ、スイッチグラス、トウモロコシ残滓(収穫後に残った葉、茎、穂軸)などだ。ポプラ由来バイオマスでの結果は前途有望なものだった。さらに検証が進み、研究チームが作製したバイオマス由来芳香族化合物が、現在のジェット燃料の芳香族化合物を代替し得ると判断されれば「混合の壁は消滅します」と、ローマン=レシュコフは述べる。「航空燃料のすべての成分を再生可能資源から生産できるようになり、100%持続可能な航空燃料の実現の道が開けるでしょう」

本研究は端緒より、米国エネルギー省(DOE)傘下の研究機関「バイオエネルギー・イノベーションセンター」の助成を受けて行われた。同センターは、エネルギー省科学部門の生物学・環境科学研究局に属している。これに加えて直近には、エネルギー省バイオエネルギー技術局とMITエネルギーイニシアチブを介して、イタリアの石油・ガス企業エニ(Eni)からも助成を受けた。マイケル・L・ストーンは2021年に博士号を取得し、現在はスタンフォード大学でポスドク研究員(専門は化学工学)を務める。マシュー・S・ウェバーはローマン=レシュコフ研究グループの大学院生で、現在は米国再生可能エネルギー研究所でインターンシップに従事している。

本記事は、MIT Energy Initiativeが発行する『Energy Futures』の2023年春号に掲載された。

研究論文:Continuous hydrodeoxygenation of lignin to jet-range aromatic hydrocarbons

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