では、無色無臭の気体である水素はどうだろうか。少なくとも一見した限りでは、金属特性を示唆する元素ではない。だが1800年代後半以来、物理学者の間では特定の条件下で「金属水素(metallic hydrogen)」を作成できるという説が存在してきた。
こうした説が勢いを増した理由には、太陽系の至るところで金属水素が見つかったこともあるだろう。例えば、木星の内部は金属水素であると考えられている。このガス惑星内部の強い圧力によって、水素が圧縮されて超伝導金属になり、木星に強力な磁場が生じているというのだ。だが地球上では、実験が困難であることからほぼ一世紀にわたって金属水素を捉えることができずにきた。
1935年、固体物理学のリーダー的存在であったユージン・ウィグナーと、ヒラード・ベル・ハンチントンという2人の物理学者が、高圧下では水素は金属になり得るという論文を『The Journal of Chemical Physics』に発表した。この仮説で推測された圧力は25ギガパスカル(GPa)。海面での大気圧の25万倍だ。
「実際には、圧力はこれよりはるかに高くなります」と、極限状態を研究しているエディンバラ大学の物理学教授、ユージーン・グレゴリアンツはLive Scienceに語る。ワグナーとハンチントンの予測は、金属状態を達成するのに必要な高圧の下限だと、グレゴリアンツは述べる。
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長年にわたって、複数の調査グループが金属水素を生成したと主張してきたが、その結果は、測定が不適切という説明で終わるものだった。学術誌『Science』に掲載された2017年のハーバード大学の研究では、495GPaで金属水素を作成したと主張したが、懐疑論と論争を巻き起こす結果になった。圧力測定の校正方法や、観察結果の比較対象としたモデル、再現性の欠如などに対する疑念があったためだ。「提示された測定結果は、iPhoneで撮影した写真4枚だけでした」とグレゴリアンツは述べる。
2019年に学術誌『Nature Physics』に掲載された研究では、350GPaでの半金属水素が報告されている。
論文の共同執筆者で、ドイツのマックス・プランク化学研究所に所属する、高圧物理学・化学・材料科学の実験科学者ミハイル・エレメッツはLive Scienceに、「水素を桁外れの力で、体積がほぼ20分の1になるまで圧縮しました」と語る。こうした高圧実験が可能になったのは、科学実験で高圧力を印加する装置「ダイヤモンド・アンビルセル」が作成されたためだ。
この装置では、高密度水素ガス(液体ガス)を小型容器に注入し、最も硬い物質であるダイヤモンド2個の間で圧縮する。水素には電子が1個しかないが、2個の水素原子が2個の不対電子によって結び付けられ、共有結合を形成すると、自然にH2(水素分子)が形成される。この水素分子が圧縮されると、2個の原子間に働く力がバネのように振動し始める。この振動の周波数が上昇することは、原子が互いに近づいていることを意味する。
この時点で原子間の距離が非常に短いため、水素分子は固体水素に遷移する。水素の固体状態は、1979年に達成されている。水素は、圧力5.5GPa、室温よりわずかに高い温度で固体状態になった。
だが、圧力を徐々に強めていくと、33GPaを超えたところで奇妙なことが起こった。周波数が減少し始め、原子が互いに離れ出したのだ。
この現象は、学術誌『Physical Review Letters』に掲載された1980年の研究で報告された。研究者の計算は、圧力が上昇し続けると、最終的には水素原子間の結合が切れ、1価つまり最外殻電子を持つ純粋なアルカリ金属が生成されるというものだった。アルカリ金属は、結合して固体になり、価電子(原子核の周囲に束縛されている電子のうち、最外殻に存在する電子)を共有して電気を伝導する。一方、水素原子は自然にH2分子を形成するが、これは化学界で最も強力な結合の一つであると、グレゴリアンツは電子メールでLive Scienceに述べている。この結合を切ってアルカリ金属を作成できるのは、33GPaを超えるような高圧下か、低温下のみだ。リチウムやナトリウムなどのアルカリ金属は、周期表の一番左側にある第1族に属する元素のうち、水素を除いたものだ。アルカリ金属は、水と反応して強塩基、つまりアルカリを形成する。
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40年以上経った今でも、この取り組みは遅々として進んでいない。「これは実験するのが非常に難しい」とエレメッツは説明する。というのも、ダイヤモンドが時に破損したり、最高圧力に到達できなかったり、わずか数マイクロメートルといった極小のサンプルを測定できなかったりするためだ。
それでも、固体金属水素の実現は遠くないのではないか、とグレゴリアンツは語る。彼の研究グループなどが、水素サンプルの黒ずみ(darkening)を観察しており、これは「バンドギャップ」が閉じつつあることを示唆している。バンドギャップとは、電気伝導に寄与する自由電子を持つエネルギー帯である「伝導帯」と、原子間の化学結合へ寄与する価電子によって満たされたエネルギー帯である「価電子帯」の間に存在する、電子が存在できない領域のことだ。カルガリー大学のEnergy Education encyclopediaによると、伝導帯では電子が自由に動き、電流を生み出す。
金属では、伝導帯と価電子帯の間のバンドギャップがほぼ存在しないため、電子が移動しやすい(つまり、電気伝導性が高い)。
グレゴリアンツは、水素サンプルのバンドギャップが閉じつつある観察結果について、「この金属状態が持つ特性は、(中略)金属そのものよりもはるかに興味深いと思います」と述べている。水素が、金属形態で液体になり、超伝導体になる可能性があると予測する説もある。
新しい超伝導体が重要なのは、現在のオプションが脆弱で、超低温でしか機能しないためだとエレメッツは述べる。超伝導体は、コンピューターチップやMRI装置などの最新技術に不可欠だ。
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ただしグレゴリアンツは、水素超伝導体が近いうちに業界で使用されることはないだろうと考えている。純粋な金属水素は、現在の技術能力を超えている。
その代わりに、グレゴリアンツを含む多くの科学者は、研究の焦点を、金属と水素からなる水素化物に当てている。これらのサンプルも非常に小さいが、水素化物は、純粋な水素が必要とする圧力よりもはるかに低い圧力下で動作する超伝導体を実際に形成するからだ。それでもその圧力は、産業として使用するにはまだ高すぎると、グレゴリアンツは語る。「しかし、物理現象としては非常に魅力的です」とグレゴリアンツは述べている。
この記事は、Live ScienceのHannah Lossが執筆し、Industry Diveの DiveMarketplaceを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまでお願いいたします。