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多様性は対話を重ねるほどに見えてくる。TANAKAホールディングス 代表取締役 副社長 執行役員 市石知史

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多様性は対話を重ねるほどに見えてくる。TANAKAホールディングス 代表取締役 副社長 執行役員 市石知史

撮影/高木亜麗

2024年7月25日 「MOVE. 企業を動かすDEI」(MASHING UP)link

1885年に創業し、貴金属業界をリードし続けてきた田中貴金属グループ。半導体や次世代エネルギーなど様々な分野に使われる貴金属材料や素材の開発・提供から貴金属リサイクルまで、幅広い分野で事業を展開する同グループのグローバル展開を牽引するのが、 代表取締役副社長であり、執行役員 事業戦略本部 本部長 産業系事業本部 本部長をつとめる市石知史さんだ。

高い技術力とリサイクル能力を強みに、世界市場での成長を目指す田中貴金属グループlink
「多様性を受け入れ、それを強みに変えていく」──そんな未来を見据えた市石さんの言葉からは、日本企業の進むべき道が浮かび上がる。

技術者から経営層へ。喫緊の課題はグローバル化

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市石知史(いちいし・さとし)TANAKAホールディングス 代表取締役 副社長 執行役員。 1985年 田中貴金属工業(株)入社 。市川工場長、湘南工場長、化学・回収事業部 事業部長、取締役を経て、2012年常務取締役、2014年専務取締役に就任。2018年Metalor Technologies International SA(スイス本社赴任) 取締役(現職) 2020年6月 TANAKAホールディングス(株) 取締役専務執行役員 事業戦略本部 本部長 2022 年 3月 LT Metal Co., Ltd. 理事(現職) 2024年 1月TANAKAホールディングス(株) 代表取締役副社長執行役員(現職) 田中貴金属工業(株) 代表取締役副社長執行役員(現職)  撮影/高木亜麗

───ご自身のこれまでのキャリアについてお聞かせください。

市石知史さん(以下、市石):22歳で入社後、千葉県の市川工場の製造技術に配属され、化学エンジニアとして貴金属のリサイクルに伴う回収精製プロセスの開発に携わりました。基礎研究から工業化まで一貫して手がけることができたのは、非常に貴重な経験でしたね。10年間、この分野で技術を磨きました。

その後、工場内のマネジメントから品質・分析のマネジメントへと移り、市川工場長、湘南工場長、化学回収事業部長を務めました。2018年には、2016年に100%子会社化した 貴金属精製、および貴金属製品製造販売会社「Metalor Technologies International SA((以下、メタロー)」の取締役としてスイスに2年間赴任。このときの経験は、今の私のグローバル経営推進に大きく活かされています。

───2024年1月に代表取締役副社長執行役員に就任されましたが、事業戦略本部と産業系事業本部の本部長も兼任されていますね。

市石:現在は主に3つの役割を担っています。1つ目は当社の将来を担う製品開発のガイドラインや方向性を決めること。2つ目はグローバル経営を推進し、メタローと田中貴金属グループのインテグレーションを進めること。そして3つ目は、 現在の産業系事業に関連する各部署の活動をとりまとめることです。

グローバル化を進めていかないとこれからの田中貴金属グループは衰退していく、そういう危機感を持っています。理由はもともと国内に工場を持ち、アジアに輸出していた我々の事業構造にあります。これからはマーケットにより近い場所で生産する体制を構築しなくては、グローバル競争に勝ち残ることができない。

特に我々のような貴金属をベースとした製品を扱う企業にとって、リサイクルは事業戦略上、極めて重要な位置を占めています。現在の課題は、製品製造からリサイクルでのリードタイム、つまり貴金属の滞留時間を最小化することにあります。この実現には、生産拠点とリサイクル工場の一体化が不可欠です。顧客に近い場所で材料を生産し、同時にスクラップを回収・リサイクルする。このサイクルを世界規模で構築し、加速させることが、今後の競争力維持には必須だと考えています。

スタッフの声に気づかされ、話し方を工夫した湘南工場時代

──技術者としてスタートしたご自身が経営に携わっていくプロセスで、どのような意識改革が必要でしたか?

市石:私自身はあまりそこにギャップを感じることなくやってきました。これは技術開発の過程で、常にビジネス視点を意識してきたからかもしれません。顧客に会い、営業部門と連携しながら、顧客ニーズや技術トレンド、事業動向を直接理解し、それを開発に反映させるプロセスを経てきました。この経験はマネジメントにおいても非常に有益だったと思います。

ピープルマネジメントに関しては、環境の変化に応じて自分のアプローチを適応させる必要がありました。最初の管理職経験となった市川工場時代は、皆が知り合いで、いま思うとダイバーシティもあまりない環境。阿吽の呼吸で通じ合え、多少強い言葉を使っても理解し合えるという感覚でした。

しかし湘南工場に異動してみると、「市石さんは言葉がきつい」と。これまでのような同質性の高い環境下でのリーダーシップでは、とてもやっていけないと気がつきました。ポジションが上がるほど強い表現がダイレクトに伝わってしまうので、かなり「甘口」から始めないといけない。相手が自分をどう見るかを理解し、お互いに安全性を感じられるような接し方をする必要があると学んだのです。

具体的には、目的を話し、その背景を説明し、それからお願いをするという順序を守ることで、誤解を避け、効果的なコミュニケーションができるように心がけています。いまだに失敗はしょっちゅうですが。

今でもちょっとした発言を家に帰って反省しては、次はもっと違う言い方をしよう、と思うことも。トライアンドエラーの繰り返しですね。

組織文化を変えるDE&I促進への取り組み

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撮影/高木亜麗

──メタローの取締役としてスイスに2年間赴任されたと伺いましたが、組織文化の違いなどはありましたか。

市石:赴任して驚いたのは、ワークライフバランスの考え方が日本と全く違うこと。ホワイトカラーの生産性は、我々よりも2倍以上高いような気がしました。プライベートを非常に大事にする一方で、7時間前後でしっかり仕事をやり切る。そうしないと解雇される、という環境です。

その継続的な努力とITシステムの活用、人がやらなくてもいい作業を峻別し標準化することで、効率を上げている。決断の仕方も合理的で早いのです。多少ミスがあっても決定を早くしたほうが、ビジネスでは有利だと考えているのですね。

日本ではミスを最小限に抑えようとするあまり、過度な合議制や完璧主義に陥りがちです。例えば、設備投資の決定においても、細部にこだわり過ぎる傾向があり、そのプロセスに時間を要することで、ビジネスチャンスを逃す可能性がある。特に本社機能では、このスピード感が極めて重要です。

一方でよく言われるのは、民主主義やダイバーシティの導入によって意思決定が遅くなるということ。しかしスイスでの経験から、そうとは限らないと感じました。彼らも民主的なプロセスを経ますが、最終的にトップが決定を下すと、全員がそれに従います。これはアメリカの企業でも同様の傾向が見られます。

日本の場合、決定後も個々の意見が出続けることがあり、結果として物事が遅くなりがちです。個別最適では日本のアプローチが優れている場合もありますが、総合的に見るとやはりビジネスロスが生じる可能性が高いと感じます。

──組織の意思決定プロセスについて、今後どのような方向性が望ましいとお考えでしょうか。

市石:組織を強化するためには、迅速な意思決定と、決定された方向性に速やかに従う文化の醸成が望ましいと考えています。ただし、その前提として、多様な意見を出し合える環境づくりが不可欠です。トップはそのような環境を整備する責任があります。

さらに重要なのは、この意見交換の場にダイバーシティを確保することです。現状、当社の経営会議やグループ経営委員会は、ほぼ男性で構成されています。取締役会には社外取締役として女性が参画していますが、基本的には男性中心の組織構造です。この状況を短期間で劇的に変えることは困難ですが、段階的な改革が必要だと認識しています

対話を重ねるほど「まだ理解できていない」ことが見えてくる

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撮影/高木亜麗

──組織変革に向けて、具体的にどのような取り組みをされているのでしょう。

市石:特に重要だと考えているのは、幹部会への若手女性社員の参加機会を増やすことです。現状では男性社員が中心で、女性社員が経営層の意思決定プロセスを経験する機会が限られています。この状況を改善することが、長期的な女性活躍推進につながるのではないかと。

また子育てに関しては、男性の育児参加を促進する取り組みを強化しています。私も「育児休暇を1ヶ月取ります」と言われたら、 「ちょっと短いんじゃない?」と言ってみたり。ただ、女性社員の中には、「自分は子供を軸とした家庭を重視したいので、夫には仕事に専念してほしい」といった考えを持つ方もいるので、個々人のワークライフバランスの希望や想いをしっかりとヒアリングすることが大切だと感じています。

さらに会社の制度面でも改革を進めています。以前は当日の有給取得が難しく、振替休暇制度に制限があったため、子育て中の社員が急な休暇を取りにくい状況でした。これを改善し、2024年から有給取得をより柔軟にできるよう制度を変更しました。

従業員とのコミュニケーションも強化しており、社長主導のタウンホールミーティングに加え、私自身も2020年から、自身が掌握している産業系事業のマネージャーやリーダーとの1on1を定期的に行ってきました。さらに、ここ1年ほどは一般従業員との対話の機会を増やしています。

──なぜ一般従業員との対話を増やそうとお考えになったのでしょうか。

市石:具体的なきっかけは、2023年に実施した従業員アンケートでした。我々が認識していなかった様々な意見、経営層への厳しい声や課題 が浮き彫りになり、「現場の実情をもっと知らなければ、適切な経営はできない」という危機感が経営層全体で共有されたのです

転勤に関する取り組みもそうです。これまで当社の転勤は「片道切符」的な面があり、 先の計画を知らされないまま、1つの海外拠点に10年以上駐在するようなケースもありました。こうした長期の不確定な転勤は、社員の人生設計を困難にしてしまいます。

メタローでは転勤や海外赴任の際に、あらかじめ期間を定めて契約を結ぶ慣行があります。日本でも3年〜5年ぐらいをめどに、こうした制度を取り入れられたらと考えています。

我々の目標は、社員一人ひとりが自身のキャリアのオーナーとして、性別に関わらず自分の人生を主体的に設計できる環境を整備することです。 今後、海外でナショナルスタッフの登用を増やしていく上でも、グローバルで通用する仕組みづくりは肝要です。こうした動きを加速させていくことが、グローバル企業として競争力を維持することにもつながると考えています。

従業員との対話において大切なこと

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撮影/高木亜麗

──市石さんには、MASHING UPが提供するDEI教育アプリ「MASHING UP LEARNlink」をご受講いただいています。

市石:ダイバーシティに関して包括的に勉強できたのは良い機会でした。私個人としては、集中したいタイプなので、推奨される「毎日5分」のスタイルではなく、1時間まとめてやっていました。クイズ形式のゲームのようなアプローチが面白くて、学びやすい内容だったと思います。一方で、プログラムの回答と自分の見解にギャップを感じる場面もありました。これは多様性を扱うプログラムならではの課題かもしれませんね。

「MASHING UP LEARN」を受講したことで、自社のDE&I推進の現状を客観的に振り返ることができたと感じています。例えば、育児中の女性社員への対応において、出張申請した女性に、配慮のつもりで、出張して大丈夫か確認したことがあったのですが、実はその配慮自体が望まれていないケースもあると気づきました。「子育て中の女性」といった一括りの分類をしてしまうと、それぞれに違った仕事と育児のバランスがあることを見逃してしまう。先入観で判断せずにきめ細かく見ていくこと、個々に対応することを会社の文化にしていくことが必要です。

──最後に、これから市石さんが真っ先に取り組みたいこと、大切にしていきたいと思うことをお聞かせ下さい。

市石:それはやはり、従業員との対話です。対話を通じて個々の従業員の考え方や事情を理解し、それを会社の経営方針や施策に反映させていくことが、今後の成長に寄与するはずです。

対話を重ねる中で得られた最大の気づきは、『まだまだ従業員の考えや会社の実情を理解できていない』ということ。これは私自身の課題でもありますが、経営層としても取り組むべき重要な点だと認識しています。

対話においては、こちらから口を挟まず、誘導しないこと。そして、話してくれた人が不利になることがないように、個々の事情を口外しないことを肝に銘じています。今まで「言葉がきつい」と言われるケースが多かったのですが、従業員が話しやすい雰囲気づくりについては、少しずつ上達してきたかなと思っています。

対話の先にある2030年までのマイルストーンとして、各グループに多様なリーダーがいることを目指しています。

引用元:MASHING UPlink