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次世代宇宙ロケットの燃料は、原子力が担う

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本記事の著者イアン・ボイド(Iain Boyd)はコロラド大学ボルダー校教授で、専門は航空宇宙工学。オリジナルの記事はThe Conversationに掲載された。

NASAイーロン・マスク(Elon Musk)の両方が火星旅行を夢見る今、長距離有人宇宙ミッションの実現が近づいている。しかし意外かもしれないが、現代のロケットは過去のものと比べて、それほど速くなっていない。

宇宙船は高速であるほどすぐれていると主張できる理由はいくらでもある。高速化を実現する方法のひとつが、原子力ロケットの活用だ。従来の燃料燃焼型ロケットや、現代の太陽電池式電力ロケットに比べて、原子力ロケットには多くの利点がある。にもかかわらず、米国で原子炉搭載ロケットは、過去40年間に8回しか打ち上げられていない

けれども、原子力宇宙飛行を規制する法律が2019年に改正された結果、すでに次世代ロケットの研究が始まっている。

なぜスピードが必要なのか?

宇宙への旅の第一歩は、宇宙船を軌道に乗せるために発射ロケットを使うところから始まる。これらは一般に、ロケット発射と聞いて想像するとおりの大型の燃料エンジンだが、重力の制約があるため、近い将来に別の技術に置き換えられる見込みはない。

面白くなるのは、宇宙船が地球の重力から逃れ、宇宙空間に到達してからだ。宇宙船が深宇宙の目的地に到達するためには、さらなる加速が必要だ。ここに原子力システムの活躍の場がある。宇宙ミッションが、月や火星を超えて探査範囲を広げるつもりなら、とてつもない速度が必要になる。宇宙は巨大ですべてがはるか彼方にある

高速ロケットが長距離宇宙旅行に適している主な理由は2つある。安全性と時間だ。

火星へ向かう宇宙飛行士は、宇宙空間のなかで、きわめて高いレベルの放射線にさらされる。がんや不妊症といった深刻な長期的健康問題を引き起こすおそれがあるものだ。放射線遮蔽は有効だが、遮蔽物は非常に重量がある。また、ミッションが長期化すればするほど、大量の遮蔽物が必要になる。放射線被曝を削減するより良い方法は、シンプルに、目的地までの移動時間を短縮することだ。

利点は人体の安全だけではない。宇宙機関がより遠方の探査を進める際には、無人ミッションのデータを迅速に回収することが重要になってくる。ボイジャー2号は12年間かかってようやく海王星に到達し、近距離を通過してすばらしい画像を撮影したが、もしもっと高速な推進システムが搭載されていれば、天文学者たちはこうした画像や情報を何年も早く手に入れることができただろう。

速いことはいいことだ。では、なぜ原子力推進システムは高速なのだろう?

現行のシステム

宇宙船が地球の重力から逃れたあとに利用する推進システムを比較するうえで、考慮すべき重要な要素は3つある。

  • 推力 = その推進システムは、どれだけ速く宇宙船を加速させられるか
  • 質量効率 = 一定量の燃料について、システムはどれだけの推力を生み出せるか
  • エネルギー密度 =  一定量の燃料から、どれだけのエネルギーを生み出せるか

現在、一般的に使用されている推進システムは、化学推進(つまり通常の燃料燃焼ロケット)および太陽光発電による電気推進の2種類だ。

化学推進システムは、推力は大きいが、あまり効率的とはいえず、ロケット燃料のエネルギー密度も高くない。宇宙飛行士を月に到達させたサターンVロケットは、95万ガロン(約3600キロリットル)の燃料を搭載し、離陸時に3500万ニュートンの力を生み出した。燃料の大部分はロケットを軌道に乗せるために使用されたが、このシステムは明らかな欠点を抱えている。どこに向かうにしても、大量の重い燃料が必要であるということだ。

電気推進システムは、太陽電池パネルで生成した電気を使って推力を生み出す。そのための方法としてもっとも一般的なのは、電場を使ってイオンを加速させる、ホールスラスタなどの装置を使うことだ。こうした装置は、人工衛星の動力源として一般的に利用されており、化学システムと比べて5倍以上の質量効率を誇る。

ただし、発生する推力は約3ニュートンときわめて小さい。これは、車を停止状態から時速96キロメートルまで2時間半かけて加速させる程度でしかない。太陽というエネルギー源は実質的に無尽蔵だが、宇宙船が太陽から離れるほど、活用するのは難しくなる。

原子力ロケットが有望な理由のひとつに、エネルギー密度の高さがあげられる。原子炉で使用されるウラン燃料のエネルギー密度は、化学ロケットの推進剤として一般的なヒドラジンの400万倍にのぼる。少量のウランを宇宙に運ぶのは、数十万ガロンもの燃料を運ぶよりはるかに容易だ。

では、推力と質量効率についてはどうだろう?

The first nuclear thermal rocket was built in 1967 and is seen in the background. In the foreground is the protective casing that would hold the reactor.

原子力の2つの選択肢

エンジニアたちが設計した、宇宙旅行に利用できる原子力システムには、おもに2つのタイプがある。

ひとつめは核熱推進と呼ばれる。このシステムは非常に強力で、効率は中程度だ。原子力潜水艦と同じように、小型核分裂炉を使用して水素などの気体を加熱し、そのガスをロケットのノズルを通過させて加速し、推力を得るしくみだ。NASAエンジニアの試算によれば、核熱推進を利用した火星へのミッションは、化学推進ロケットを利用した場合に比べて、所要時間を20~25%短縮できる

核熱推進システムの質量効率は、化学推進システムの2倍以上(同質量の推進剤から2倍以上の推力を生み出せる)で、10万ニュートンの推力を生成する。この力は、自動車を停止状態から時速96キロメートルまで、わずか4分の1秒で加速させるのに相当する。

ふたつめの原子力ロケットシステムは、原子力電気推進と呼ばれている。このシステムはまだ実用化されていないが、高出力核分裂炉を使って電気を発生させ、ホールスラスタのような電気推進システムに電力を供給するという発想だ。この方法は非常に効率が良く、核熱推進システムの3倍に相当する。原子炉は大量の電力を生成できるため、多数の電気推進装置を同時に稼働させ、大量の推力を発生させることが可能だ。

超長距離の宇宙ミッションには、原子力電気推進システムが最適な選択だろう。太陽エネルギーを必要とせず、非常に燃費が良く、比較的高い推力が得られるからだ。ただし、きわめて有望ではあるものの、原子力電気ロケットの実用化には、まだ多くの技術的問題が立ちはだかっている

原子力ロケットが実用化されていない理由

核熱推進システムは1960年代から研究されてきたが、まだ宇宙に旅立ったことはない。

1970年代、米国で最初に施行された規制では、すべての原子力宇宙プロジェクトについて、複数の政府機関によるケースバイケースの審査と承認、さらに大統領による明示的承認が実質的に義務づけられた。加えて、原子力ロケットシステムの研究は資金不足に直面しており、こうした環境が宇宙原子炉を改良するうえでの障害になった。

しかし、トランプ政権が2019年8月に大統領覚書を発表したことで、すべてが変わった。新たな覚書は、原子力ロケットの発射には最大限の安全配慮が必要だという見解を維持する一方、核物質の使用量が少ない原子力ミッションについては、複数機関による承認のプロセスを省略することを認めた。ミッションが安全基準に適合していると承認する義務があるのは、NASAなどのスポンサー機関だけだ。なお、大規模な原子力ミッションについては、従来と同様のプロセスを経る必要がある。

この規制緩和に伴い、NASAは2019年、核熱推進システム開発を目的とした1億ドルの予算を獲得した。また国防高等研究計画局(DARPA)も、地球軌道外での国家安全保障活動の実現をめざし、宇宙核熱推進システムの開発をおこなっている。

原子力推進ロケットは60年におよぶ停滞を脱し、10年以内に宇宙に旅立つ可能性が見えてきた。エキサイティングなこの展開は、宇宙探査の新時代を切り開くだろう。火星の有人探査が実現するだけでなく、科学者たちは太陽系の全域とその先で、数々の新たな発見をするはずだ。

The Conversation

この記事は、Popular Scienceに掲載されました。

A SpaceX rocket seen launching from Cape Canaveral in Florida. (SpaceX/)
The first nuclear thermal rocket was built in 1967 and is seen in the background. In the foreground is the protective casing that would hold the reactor. (NASA/)

この記事は、Popular ScienceのIain BoydがThe Conversationへの寄稿として執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。