この研究チームのアプローチの土台にあるのは、我々がインターネットの時代から移行して、すでにAIの時代に膝まで漬かっているという想定だ。スタンフォード大学工学部のリーランド・T・エドワーズ教授であるシャン・ワン(Shan Wang)によると、この研究の背後にある考え方は、「AIをエッジで実現し、ホームコンピューターやスマートフォン、スマートウォッチなどのローカルでトレーニングを行い、心臓発作の検知や音声認識などを可能にすること」だという。
そのためには、現在の技術によるものでは通用しないとワンは言う。必要なのは、これまで断続的に報じられてはきたが、市場への製品投入がまだ一つもないメモリ「メモリスタ」なのだという。メモリスタは、常に電流を流し続けなくてもメモリバンクにデータを維持できる不揮発性メモリの一つだ(技術の詳細はこちら)。論文の筆頭著者であるマヘンドラ・DCは、分かりやすくこう説明している。「今は、現行の技術で壁にぶつかっています。そこで、他にどんな選択肢があるのかを突き止める必要があるのです」
その壁を打ち破るべく研究チームが選んだのが、パラジウムの化合物「マンガンパラジウム3」だった。この物質は、メモリスタ設計が(研究チームによると)ついに日の目を見るために必要な特性を備えているのだという。必要な特性のチェックリストの一部は、現在の半導体製造技術に関するものだ。というのも、新しい半導体設計のための物質を考える上で、生産設備と供給ラインが「シリコン王国」の中に確立されている事実を無視するわけにはいかないからだ。どの化合物がシリコンに取って代わることになるにせよ、現行の製造プロセスに当てはめることができて、広範な(高価な)工程変更が必要ないものが理想だ。
マンガンパラジウム3はその条件を満たしているわけだが、とはいえ最も重要な特性はというと、粒子を操作することで記憶を保持する素子になるところだ。NANDフラッシュなど標準的な記憶装置が、電圧の状態から情報を引き出すのに対し、この記憶素子は、化合物の電子スピンの向きを操作することで情報を保存する。要するに、電子の磁場を研究者が操作し、中心をN極とS極のあいだで往復させる。そして、こうしたスピンの向きの一つ(NSまたはSN)に1や0を代表させることで、我々が知るコンピューティングの背後にある2進法への扉が開く。「スピン軌道トルク磁気抵抗メモリ(SOT-MRAM)」と名付けられている、スピンによるこのデータ記憶手法は、現行の技術よりも高速かつ効率的に、そして高い密度でデータを格納できる可能性がある。
もちろん、この研究には大きな但し書きがある。パラジウムは現在、金とほぼ同じくらい高価で金よりもはるかに希少だ。さらに現在、世界のパラジウム採掘は40%が南アフリカで、44%以上がロシアなのだ。このため、ロジスティクスと地政学の面から、パラジウムの供給自体が問題になる可能性がある。さらに、SOT-MRAM向けに需要が増えれば、パラジウムは必ず値上がりする。新しいトランジスタ設計を追求するには、こうしたことをすべて考えていく必要がある。
全体としては有望な研究なのだが、メモリスタに関するこの10年(およびそれ以前)のあらゆるニュースと同様に、今はまだ、よく言われる「成功に通じる道」のスタート地点のようだ。最終的にゴールにたどり着くのか、それがいつになるのかは現時点ではまだ分からない。
この記事は、Tom’s HardwareのFrancisco Piresが執筆し、Industry Dive Content Marketplaceを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまでお願いいたします。