CLOSE
About Elements
美しい未来のために、
社会を支えるテクノロジーを
TANAKAは、「社会価値」を生む「ものづくり」を世界へと届ける「貴⾦属」のスペシャリスト。
そして、「Elements」は、わたしたちのビジネスや価値観に沿った「テクノロジー」や「サステナビリティ」といった
情報を中⼼に提供しているWEBメディアです。
急速にパラダイムシフトが起きる現代において、よりよい「社会」そして豊かな「地球」の未来へと繋がるヒントを発信していきます。
カリフォルニアでアメリカ初の水素駆動旅客列車を導入
ロサンゼルスから約100km離れた南カリフォルニアの都市サンバーナーディーノの駅に、新たな列車がやってきた。外見はとくに代わり映えのしない通勤車両で、3両編成で四角い窓が並び、カラフルな青い塗装が施されている。
しかしその中身は、この地域の――それどころか全米の――どの鉄道とも違う。2000万ドル(約29億7000万円)のゼロエミッション・マルチプル・ユニット、通称Zemuは、ハイブリッド水素燃料電池とバッテリーシステムを、列車の動力および車内のその他の電気系統の電源として利用している。燃料電池は、水蒸気以外に副産物を出さない。「インランド・エンパイア(Inland Empire:内陸の帝国)」とも呼ばれる、サンバーナーディーノとリバーサイドを中心とする都市圏は、全米最悪レベルの深刻な大気汚染が問題になっているため、これは歓迎すべき変化だ。
新技術を使うZemuは、水素駆動、CO2排出ゼロの旅客列車として、北米で初めて連邦鉄道局(FRA)の基準を満たした。運行開始は2025年初めになる予定だ。
運行区間は、レッドランズとサンバーナーディーノを結ぶ、「アロー鉄道路線」と呼ばれる9マイル(約14km)だ。Zemuは、この地域で最も小規模な鉄道のひとつであり、平日の推定利用者数は1日416人、週末は6433人とされるが、利用者は増加傾向にある。8月末にZemuをメディアに披露した運行会社は、これを端緒として南カリフォルニアに、ひいては全米に、総延長数百kmのクリーンエネルギー鉄道網が整備されることを期待している。
Zemuは、米国におけるクリーンエネルギー鉄道ブームの火付け役になるかもしれない。これまで米国は、欧州などの他地域と比べ、鉄道の利用者数やイノベーションで後れを取ってきた。また、野心的な鉄道プロジェクト(サンフランシスコ〜ロサンゼルス間の高速鉄道など)をなかなか実現できずにいたカリフォルニア州にとっても、待望の大きな成果となる。
「我々は、Zemuと共に変革を実現しました」と、サンバーナーディーノ郡交通局(SBCTA)のレイ・マルケス(Ray Marquez)局長は声明で述べている。「この列車の開発を通じて、SBCTAは、クリーン旅客鉄道のイノベーターとして、ここインランド・エンパイアだけでなく、州内、そして国内での地位を確立したのです」
数年来のプロジェクトが結実
この技術の北米デビューは、ロサンゼルス大都市圏が2028年の五輪開催を控え、同市の市長が「自動車ゼロの五輪」を宣言し、さらにカリフォルニア州が2045年までのカーボンニュートラル目標に向けて排出削減を進める背景と、軌を一にするものだ。
サンバーナーディーノは、長年にわたり深刻な大気汚染に悩まされてきた。高速道路、車両基地、配送倉庫などの産業施設が集中する立地が原因だ。同市は2024年、米国肺協会(American Lung Association)が定める「ステート・オブ・ジ・エア(大気の状況)」指標において、「不合格」と評価された。これは、オゾンおよび粒子汚染が安全水準を超えた日数に基づいて下される評価だ。
今回のプロジェクトは、長年の努力の賜物だ。サンバーナーディーノ郡交通局は10年前、深刻な大気汚染と、郡内の交通渋滞の緩和を目指して、既存のディーゼル鉄道に代わる、クリーンな代替交通手段を模索し始めた(なお、郡内の交通渋滞の原因のひとつは、近郊のロサンゼルスやロングビーチの港から、商品を輸送する多数のトラックがやってくることだ)。
交通局が下した結論が、水素燃料駆動のZemuだった。こうして2019年、スイスの鉄道製造企業シュタッドラー(Stadler)と契約し、ミッションの実現に乗り出したと、交通局の法務・広報担当責任者、ティム・ワトキンス(Tim Watkins)は語る。
「いったん列車に水素駆動のシステムを搭載すれば、ユニオン・パシフィック鉄道やBNSF鉄道が走るのと同じ鉄道路線にゼロエミッション技術をもたらすことができます。それがこのプロジェクトの最高にクールな点なのです」
ーーケイデン・キルパック(Kaden Killpack)、シュタッドラー米国プロジェクトマネージャー
ドイツとオーストリアでは2018年から、フランスの鉄道企業アルストム(Alstom)が製造する水素駆動列車が運行されているが、同様の列車が北米に導入されたことはなかった。
水素燃料電池は、水素分子と酸素分子を化学反応させることで電気を発生させ、副産物として水蒸気が生じる。実用面では、燃料電池は車載発電機として機能し、鉄道の車輪を回転させるバッテリーに給電して動力源となると同時に、電気系統の電源としての役割も果たす。燃料電池の内部では、水素が分離して、負の電荷を帯びた電子1個と、正の電荷を帯びた陽子1個(水素イオン)に分かれる。陽子は膜(電解質膜)を通過し、電子が残される。すると、電子は陽子と再結合しようとして、外部回路を移動し、これに伴って電気が発生する。
列車に搭載されるシステムそのものは温室効果ガスを排出しないものの、米国における燃料電池の生産プロセスは、ほぼ常に温室効果ガス排出を伴う。
乗客はこの技術の導入により、騒音の減少という恩恵を得られる。「聞こえるのは、空調系統のブロワーと冷却ファンの音だけです」と、シュタッドラー米国の商業プロジェクトマネージャーであるケイデン・キルパックは説明する(同氏は、サンバーナーディーノ郡交通局と、カリフォルニア州運輸局カルトランス[Caltrans]のプロジェクトを統括している)。また、列車の軽量構造のおかげで、よりスムーズな乗り心地になったと感じるかもしれない。
だが、軽量アルミボディのデザインは、シュタッドラーにとって新たな挑戦だった。カリフォルニアの既存の鉄道インフラを利用して、安全に運行できることを実証しなければならなかったのだ。軽量の列車は、エネルギー効率的に優れるが、重量級の貨物列車と同じ軌道上を走らせるために、シュタッドラーは、このアルミ製の列車が、FRAが定める正面衝突を想定した厳しい基準に適合することを実証する必要があった(同社のディーゼル駆動列車は、2018年にこの基準をクリアしていた)。
FRA基準に合致する軽量車両の開発は、成功すれば極めて前途有望なものになる。というのも、欧州で一般的な上部架線電化は、米国の貨物軌道を改造して導入するにはあまりに費用がかさむため現実的ではなく、これに代わるゼロエミッション代替技術となるからだ。「いったん列車に水素駆動のシステムを搭載すれば、(貨物鉄道の)ユニオン・パシフィック鉄道やBNSF鉄道が走るのと同じ鉄道路線に、ゼロエミッション技術をもたらすことができます」と、キルパックは語る。「それが、このプロジェクトの最高にクールな点なのです」
より大きな変化の幕開けか?
サンバーナーディーノ交通局のワトキンスは、アロー鉄道路線にZemuを走らせることは、確かに最初の小さな一歩にすぎないと認める。「一路線ですから、針が劇的に進むわけではありません」。それでも、同氏の言うように、Zemuは「概念実証として技術を実用化」するものであり、この技術には、南カリフォルニア地域の500マイル(約800km)以上に及ぶ鉄道網や、その先にまで普及する可能性がある。
カリフォルニア州のリーダーたちは、すでにこうした構想の実現に向けて動いている。2023年のZemuプロジェクトの初期段階での成功を受けて、州運輸局「カルトランス」は、セントラルバレーのマーセド〜サクラメント間という、より長距離かつ未建設の路線を走る水素駆動列車の製造をシュタッドラーに発注した。カルトランスは現時点で10ユニットを発注しており、さらに19ユニットを追加購入するオプションを残した8000万ドル(約118億8200万円)の契約を結んでいる。最初のユニットは、早ければ2027年に納品される。
こうした小規模ながら有望なステップを、経済の観点から長期的に持続可能にするには、インフラ拡大のための莫大な投資が必要だ。カリフォルニア大学デイヴィス校の交通研究所でエネルギーの未来プログラムを統括するルイス・フルトン(Lewis Fulton)は、「コストダウンを実現し、規模経済の恩恵にあずかるには、少なくとも数百(の列車)を売る必要があります」と指摘する。
一方、水素駆動への転換そのものに欠点がある、と指摘する人々もいる。水素は非常に軽いため、数多くの列車を走らせるだけの電力を生み出すには莫大な量の気体が必要であり、エネルギー密度の高い燃料とはいえない。こう指摘するのは、水素燃料の専門家であり、カリフォルニア大学デイヴィス校のエネルギー研究所で所長を務めるポール・エリクソン(Paul Erickson)だ。また、水素は自然状態から電力源として使用するまでに複数の変換が必要であることもエネルギー効率を損なう、とエリクソンは説明する。
自然状態の水素は、他の元素と結合しており、これを分離するのにもエネルギーが必要だ。そして、そのための電力が、風力や太陽光といった再生可能資源に由来するものでない場合、生産過程で一定量の炭素が大気中に排出される。交通に関しては、新しいインフラをゼロから築きあげるよりも、再生可能ディーゼル燃料に投資した方が効率的だというのが、エリクソンの考えだ。
こうした課題はあるものの、カリフォルニアの当局者たちは前向きだ。州、連邦、民間の資金からなる、同州の再生可能クリーン水素エネルギーシステムアライアンス(Arches)は、水素駆動のバス、トラック、自動車を普及させ、こうした車両の増加に対応した水素製造工場や水素供給ハブを建設する事業に、126億ドル(約1兆8715億円)の予算を配分している。
Archesの交通ワーキンググループで議長を務める、カリフォルニア大学デイヴィス校のフルトンは、Zemuプロジェクトは、この大規模投資による波及効果のひとつだと語る。「現在のカリフォルニアには、まもなく水素の時代が到来し、インフラが整備される。これに乗らない手はない、という空気があるのです」
この記事は、The GuardianのJules Feeney(ロサンゼルス)が執筆し、Industry DiveのDiveMarketplaceを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまでお願いいたします。