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SuPR-NaP法を用いたフレキシブルタッチパネルセンサー

田中貴金属、産総研、東京大学と山形大学の産学官が連携し、
わずか0.8µmの超微細配線による透明かつフレキシブルな基板が誕生しました。

研究者・開発者

久保 仁志田中貴金属工業
化学材料開発部

長谷川 達生東京大学大学院工学系研究 教授
AISTフレキシブルエレクトロニクス研究センター


日本のマイクロエレクトロニクス分野では産官学の成功例がこれから盛んになるかもしれない。産業界の田中貴金属工業、独立行政法人の産業技術総合研究所、そして文部科学省傘下の山形大学と東京大学、これらが手を組み、フレキシブルエレクトロニクス技術の実用化に近づけた。

配線幅が1µmを切るほど微細な配線で、しかも透明電極として使える銀配線技術(図1)をこれらの産官学が開発、産業界の田中貴金属が2017年1月のサンプル出荷を目指して製品化を進めている。

図1 0.8µm配線で透明なフレキシブル基板 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構

図1 0.8µm配線で透明なフレキシブル基板
出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構

細い配線のフレキは初めて

これまで、フレキシブルエレクトロニクスと言っても実用化には遠かった。最小の配線幅は最小でも30µm程度がせいぜい加工できる限度だった。このため、折りたためるほど曲げられるフレキシブル回路基板(FPC)には100µm以上の配線が使われてきた。従来のリジッド基板同士をつなぐフレキシブル基板としてのとしての用途はあった。しかし、それほど多くの応用は見込めなかった。

加えて、iPhone8のディスプレイ用に有機ELが使われるという噂が広がり、ここ1年くらいに有機ELが急に注目を集めるようになってきた。しかし、50µm程度の配線幅では、有機ELディスプレイの画素内の配線を形成するには太すぎる。数µmレベルまで微細化しなければ、満足できる有機ELディスプレイは形成できない。

基板が薄いガラスであれば、ある程度は曲がり、熱処理にも耐えられるため、配線を加工するリソグラフィ技術を使ってディスプレイは作製できた。韓国のLG電子が有機ELテレビ、サムスン電子はスマートフォンに有機ELディスプレイを実用化している。いずれもガラス基板に形成しているため、それほど大きく曲げるわけにはいかない。曲率半径は数cm~10cmと大きく、折り曲げられる形態のスマートフォンを製造することは難しい。しかし、有機ポリマーのような数㎜の曲率で曲げられるプラスチックフィルムに細い配線を形成できるようになれば、有機ELの画素内配線を微細にできる。

トランジスタや配線をプラスチックフィルム上に形成するためには、高温にさらすことは許されない。このため80℃以下の温度での熱処理プロセスが求められる。この悪条件で、1µmと微細な配線をフレキシブルなプラスチックフィルム(PET樹脂)上に形成できる技術を産官学で開発したのである。

産総研のフレキと田中のインク

この技術が開発された背景を紹介すると、まず産総研はフレキシブルな特性を持つプリンテッドエレクトロニクス(印刷技術を応用する電子回路の形成技術)の実現を目指して幅広い研究開発を行っている。その中に、プラスチックフィルム基板の表面改質技術の活用があった。産総研のフレキシブルエレクトロニクス研究センターの副センター長を務めていた長谷川逹生氏は、プリント技術を開発していた。2014年1月に東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の教授に就任したことで大学との関係が強まった。一方で、山形大学学術研究院の栗原正人教授は、銀ナノ粒子を有機溶剤に溶かした特殊なインクを発明・開発していた。田中貴金属は山形大の発明した銀ナノ粒子を溶かしたインクを製品開発している。

長谷川教授の開発した製造プロセスとこの銀ナノインクがこの技術のカギを握ることになった。まず、「スーパーナップ(Surface Photo Reactive Nanometal Pattering)法」と呼ぶ、このプロセスを紹介しよう(図2)。プラスチックのフィルム上に非晶性のフッ素系ポリマー層をコーティングする。フッ素系ポリマー層は光が当たると、表面が改質され活性の高い物質に変わる。そこで、細い配線とするべき部分だけ光を通し、その他は光を通さないようなマスクを用意する。いわばフォトリソグラフィのマスク基板と同じように、マスク基板に描かれたパターンだけが光を通すことができる。ポリマー層の表面改質に必要な光は、波長172nmという遠紫外線であり、これはXeガスを充てんしたエキシマランプによって作り出す。

図2 スーパーナップ法の印刷工程 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構
図2 スーパーナップ法の印刷工程
出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構

図2 スーパーナップ法の印刷工程 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構
図2 スーパーナップ法の印刷工程
出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構

露光したことで活性な表面パターンの潜像を描くことができる。その上からスキージというヘラのようなもので、銀ナノ粒子を有機溶剤に溶かしたインクを掃引すると、表面パターンの部分だけ、インクが付着する。このようにして銀の配線パターンを描くことができる。

銀ナノインクの保護膜がカギ

この方法のキモは、活性な表面だけにのるインクである。山形大の栗原教授が発明したこのインクを製品化して売り出そうとしている田中貴金属によると、銀のナノ粒子はその直径が10~15nmの球状の表面に保護膜を被せたものだという。保護膜がなければ銀同士がくっついてしまい、インクに均一に溶けなくなってしまうからだ。従来はこの保護膜としてカルボキシル基をもつ膜を用いていたという。しかし、カルボキシル基は銀と強く結合するため、この保護膜をはがす時には250℃以上の熱を加えなくてはとれなかった。産総研のスーパーナップ法では、銀の保護膜は基板に載せるときには剥がれてほしい。

そこで、銀との結合が弱いアルキルアミン基を持つ材料を保護膜に用いた。銀表面は保護膜で覆われているが、アルキルアミン基の保護膜は平衡状態で吸着と脱離が存在し、それぞれのアミン基が交換している、と田中貴金属技術開発部門筑波テクニカルセンター化学材料開発部マネージャーの久保仁志氏は述べている。この準安定(メタステーブル)状態のまま、インク中の銀ナノ粒子は数ヵ月もの間、その状態が保たれているという。

基板表面のポリマー活性層にはカルボキシル基が形成されており、そこに10~15nmと微細な銀の粒子がやってくると、アミン基が剥がれ銀ナノ粒子はカルボキシル基とくっつくようになる (図2)。ポリマー活性層の幅はマスクパターンとほぼ同じ幅なので、1µm幅の場合、直径15nmの銀ナノ粒子が平均66~67個付いていることになる。銀同士もくっつきやすいため、配線のバルクには銀ナノ粒子が密集し、配線の外側にアルキルアミン基が付いた状態になる。この後80℃以下の温度で熱処理すると、アミン基が剥がれ、配線抵抗が熱処理前の1/10に下がる。これまでのところ、0.8µmと最も微細な線幅のプリント基板配線を描くことに成功している(図3)。

図3 得られた微細な配線 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構図3 得られた微細な配線
出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構

図3 得られた微細な配線 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構図3 得られた微細な配線
出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構

配線が細すぎて透明に見える

一般のプリント基板では、銀ではなく銅の配線パターンが多い。なぜ銀を用いたのか。銅は電気抵抗が銀よりも低いという特性を持つため、プリント基板に使われているが、銅は酸化しやすいという欠点がある。銅の表面が酸化すると電気抵抗は急激に高くなる。酸化物は絶縁体だからだ。このため銅のパターンや銅ワイヤーを使う場合には酸化防止のため窒素のような不活性ガス中で作業しなくてはならない。プリント基板では、樹脂基板一面に銅を付けた後に保護膜を被せて酸化を防いでいる。何よりも銅でインクはできなかった。

今回のように微細な配線パターンだと、可視光は回折を起こし光の波がパターンの後ろまで回り込み、ほぼ透明に見えてしまう。いろいろなパターンを用意してその電気抵抗値を変えながら、光の透過率を測定したところ、文献などで発表されているデータと比べ、ほぼトップに相当する透明度であった(図4)。

図4 透過率は高い 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構図4 透過率は高い 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構

さらにフレキシブルエレクトロニクスへの応用を考慮し、曲げ試験も行っている(図5)。曲率半径5mmでは1万回の折り曲げ疲労試験を行っても電気抵抗はほとんど変化しない。半径2.5mmを繰り返すと20~30回程度から電気抵抗が上昇するが、これは下地のPET基板がボロボロになり始めたことによるという。実用的にはフレキシブルな端末として使える可能性は高い。

図5 曲率半径2.5mmだと基板フィルムがボロボロになった 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構図5 曲率半径2.5mmだと基板フィルムがボロボロになった 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構

ただし、銀の配線は、銀イオンのエレクトロマイグレーションにより、デンドライトが形成され、電極間がショートするという信頼性の問題が残る。このため水分をできるだけ排除し、確実に保護膜を被せ、対策を打つ必要がある。これに対して田中貴金属は、対策はとっているとしている。

図4 透過率は高い 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構図4 透過率は高い 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構

図5 曲率半径2.5mmだと基板フィルムがボロボロになった 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構図5 曲率半径2.5mmだと基板フィルムがボロボロになった 出典:産業技術総合研究所、東京大学、山形大学、田中貴金属工業、科学技術振興機構

広い応用を目指す

この技術の開発により、産総研と東大、山形大、田中貴金属はNature Communicationsに投稿、2015年12月20日に受理され、2016年4月に発行された(参考資料1)。

実用化に向け、田中貴金属がこの技術を用いたフレキシブルなタッチパネルセンサを試作しており、その製品化を図ったサンプルを2017年1月にサンプル出荷する計画だ。同社は明らかにしていないが、FHE(Flexible Hybrid Electronics)AllianceのMichael Ciesinski会長にインタビューしたときに、フレキシブルエレクトロニクスはジェット戦闘機のパイロットのヘルメット内の電子回路や、丸められるスマートフォンなどのアイデアは出ている、と同氏は語っている。

参考資料

1. T.Yamada, K. Fukuhara, K. Matsuoka, H. Minemawari, J. Tatsumi, N. Fukuda, K. Aoshima, S. Arai, Y. Makita, H. Kubo, T. Enomoto, T. Togashi, M. Kurihara, and T. Hasegawa, “Nanoparticle chemisorption printing technique for conductive silver patterning with submicron resolution,” Nature Communications, 19 April 2016.