TANAKAの技術
Bonding Lab 金ボンディングワイヤ製造工程編その1
ボンディングワイヤの製造上で用いられる単位の話から、材料加工の基礎を通じて製造工程を説明します。
金ボンディングワイヤ製造工程編その1では、新人のMiss Lisaさんに先輩のJoeとBirdie教授がボンディングワイヤの製造上で用いられる単位の話から始め、材料加工の基礎を通じて製造工程を説明します。
①金ボンディングワイヤの単位-1
- Mr. Joe:
- Miss Lisaさん、ボンディングワイヤってどれぐらい細いか知ってますか?
- Miss Lisa:
- そうですね・・・がばい細い線だということは前回のBonding Labを見て分かったんですけど、実際にどれくらいかは見当もつきません。
- Prof. Birdie:
- Miss Lisaさん、モノ造りにおいて、大きさ、長さそして重さなどの単位は、非常に重要な意味を持っているのですよ。ボンディングワイヤのことをよく知るためには、どれぐらいの「スケール」であるかを実感しておくことも大事です。Joeくん!今回は単位という切り口から、金ボンディングワイヤを説明してみてはどうでしょう。
- Mr. Joe:
- それではまず、大きさから。鉄鋼線とか銅線などの一般的なワイヤは数本を撚り合わせて束ねて使う場合がありますが、ボンディングワイヤは金・銅・アルミニウムを主体として1本ずつで使われます。その直径がボンディングワイヤの大きさということになります。平均的に直径20から40マイクロメートル(μm)程度が主流です。
- Miss Lisa:
- コブコブのワイヤなんですか?
- Mr. Joe:
- いやいや違います。1本のワイヤの直径が20μmだったり40μmだったりしているわけではありません。金でできたワイヤはそのほとんどがボンディングワイヤとして使われているのですが、用途に応じていろいろな直径のワイヤが使われていて、なかには直径70μmの場合もあります。
- Prof. Birdie:
- マイクロメートルというのは、メートルの1/1,000,000の大きさです。ミリメートルの1/1,000といった方が分かりやすいかな?昔はミクロンという呼び方だったので、そっちが馴染みやすいという人もいることでしょう。
- Miss Lisa:
- まー、とにかく小さいということですね・・・。
- Mr. Joe:
- 身近なところでいうと、一般的な人の髪の毛の直径が80μm位といわれてますから、その半分以下ですね。さらに、血液中の白血球が直径10~20μmらしいです。
- Miss Lisa:
- どっちが小さいのか大きいのか分からなくなってきました。
- Mr. Joe:
- ちなみに、海外ではmilという単位で表すこともあります。簡単に述べるとmilはインチの1/1,000で、1milは約25.4μmということになります。
②金ボンディングワイヤの単位-2
- Prof. Birdie:
- Joeくん、ボンディングワイヤの直径・大きさに関する話はそれぐらいにして、次に行きましょう。
- Mr. Joe:
- Miss Lisaさん、今度は分かりやすいと思いますよ。ボンディングワイヤの長さは、使用される用途にもよりますが3,000m位が主流です。ボンディングワイヤは、スプール(ボビンやリールと呼び方はいろいろありますが)に糸巻きの様に巻き付けられて出荷されていきます。
- Miss Lisa:
- 3,000mということは3km!私のジョギングコースと同じぐらいの長さです。
- Prof. Birdie:
- ちなみにゴルフコースで云えば、3kmはちょっと長めのコースのハーフラウンドぐらいです。もっともゴルフではヤードという単位で呼ぶ方が日本では一般的です。1ヤードは約0.9mですよ。
- Mr. Joe:
- ゴルフ下手な私はもっと走っているような気がします・・・。では気を取り直して、最後の重さについて説明したいと思います。直径、長さとお話ししてきましたが、重さが加わることでボンディングワイヤを言い表すことができます。金の密度は19.32g/cm3ですので、直径23μmで3kmの金ボンディングワイヤの重さは約24gです。
- Miss Lisa:
- ふーん。
- Prof. Birdie:
- あまりピンときていないようなので補足すると、同じ直径と長さの場合、銅で約11g、鉄では約9.8g、アルミニウムにいたっては3.4gの重さにしかならないのです。
- Miss Lisa:
- 金は重いってことをあらためて感じますね。
- Mr. Joe:
- さあ、そろそろ製造工程のお話に入っていきましょう。一口に金といっても純度によってその性質は異なってきます。通常、純金と呼ばれるものは99.99%以上の純度で24金とも云います。一般的な金ボンディングワイヤでは99.99%以上の純度(フォーナイン:4N)ですが、99.999%以上の純度(ファイブナイン:5N)の金に様々な元素を添加することで、ボンディングワイヤにふさわしい物性を有するようにと作られます。
- Prof. Birdie:
- ちなみに18金とは75%純度となりますから、金ボンディングワイヤはほとんど純金といえるほどの高純度なのですよ。
- Miss Lisa:
- 18金といっても見た目は私たちが知っている金色ですが、そんなに違うのですね。
③弾性(だんせい)と塑性(そせい)
- Mr. Joe:
- Lisaさん、髪の毛より細かいボンディングワイヤまでどの様に造っているのか想像つきますか?
- Miss Lisa:
- そうめんのように切ったり・・・?ところてんみたいに出したり・・・?水飴みたいに伸ばしたり・・・?
- Mr. Joe:
- おもしろい発想ですね、全部食べ物ですが・・・。しかし、観点としては近いですよ。
- Prof. Birdie:
- ゴムでできたボールと鉄でできたボールがあるとします。ゴムボールは手で簡単に変形させることができますが、鉄のボールは硬くてとても無理ですよね。ゴムボールは少々変形させても元の形に戻ります。ある物体に力(負荷)を加えて変形しても、その負荷を取り除くと元の形に戻る性質の事を「弾性」といいます。
- Prof. Birdie:
- また、鉄のボールをどうにか変形させることができたとしても、鉄のボールがゴムボールみたいに元通りにならないことは直感的に分かると思います。このように、加えられた負荷によってその形状や大きさが変わって元通りにならない性質を「塑性」といいます。ゴムでもつぶし方によっては元通りになりませんよ。塑性変形しにくいだけです。
- Miss Lisa:
- 難しいことを知らなくても、何となく分かります。
- Prof. Birdie:
- 学問的にはもっと奥が深いので話を次ぎに進めますと、金はこの塑性によって細く長く加工されます。鉄のボールの話に少し戻って、鉄のボールを変形させるとしたらどうします?
- Miss Lisa:
- すごく硬そうなので、素手では無理ですね。バットとかペンチとか使えばどうにか・・・。
- Prof. Birdie:
- そうでしょうね。物体を変形させるためには、その物体の「降伏点」とよばれる物性値を上回る負荷をかける必要があります。さらに、変形させようとする物質よりも硬い道具が必要になります。物質の塑性を利用した加工とは、大雑把にいうとこのような変形させようとする材料より硬い工具の型を材料の形状として転写することと云えます。
④溶解(ようかい)・圧延(あつえん)工程
- Mr. Joe:
- 横道にそれましたが、99.999%以上の純度の金は軟らかいため、ボンディングワイヤとして使用するには適していません。そこで、高純度の金と色々な元素を溶かし混ぜ合わせてボンディングワイヤのおおもとの素材となるインゴットを造るのが溶解工程です。この工程で素材の特徴がほとんど決まってしまいます。先程述べたように、このインゴットの純度ですら99.99%ですのでまだまだ高純度ですが、99.999%の金とは性格がかなり違ってきます。
- Prof. Birdie:
- 鉄やアルミニウムなどの溶解工程は大気中で行われますが、ボンディングワイヤ用の金を溶解する場合は、最初に真空にして窒素ガスなどの不活性ガス雰囲気下で溶解されることが多いです。金自体は酸化しないのですが、混ぜ合わせる元素の酸化を防ぐためです。金の融点は約1,064℃なので、溶かすために大気中でそれぐらい高温にすると酸素の活性が高まるからです。要は、燃えるものを燃えにくくするということですね。
- Miss Lisa:
- ケーキを焼く温度が180℃って聞いたことがあるので、グラタンを作る温度よりは高そうですね、そのインゴットっていうのは・・・。
- Prof. Birdie:
- ははは・・・、想像を絶するというところですか。インゴットとは大きな塊と思えばよいです。
- Mr. Joe:
- まず、インゴットは圧延という加工方法でその太さを徐々に細くしていきます。材料より硬い孔型圧延ロールといわれる工具でインゴットを潰していくわけです。材料を切ったり削ったりせずにのばしていくため、加工する前の材料の容積はそのままで形状だけが変化していくのです。
- Prof. Birdie:
- 塑性加工は材料を無駄なく変形でき、比較的その他の加工法よりも早く加工できるので、様々な材料加工に欠かせない技術なのです。
⑤伸線(しんせん)工程
- Mr. Joe:
- 但し、圧延で細くするのにも限界があり、ある程度の大きさになったら伸線と呼ばれる加工方法に移ります。ここからはダイスと呼ばれる工具で細く変形させてワイヤを造ります。ダイスには超硬合金という非常に硬い合金や、ダイヤモンドが用いられているのですよ。
- Miss Lisa:
- ダイヤモンドを使うんですか、もったいない!ください!!
- Prof. Birdie:
- そう感じるのは当然ですね。ダイヤモンドを使う理由はいろいろあるのですが、非常に硬くて摩耗しにくいので、他の素材を用いるよりもダイヤモンドを使う方が都合がよいのです。また、ボンディングワイヤに欠かせないワイヤ表面の平滑性を得るためにも重要な工具なのです。
- Mr. Joe:
- 伸線と呼ばれる加工方法についてもう少し詳しく説明しましょう。ダイスの形状は砂時計に例えると分かりやすいかもしれません。材料が砂、くびれたガラス部分がダイスとします。砂はくびれたガラスの部分でせき止められ、少しずつ下方に落ちていきます。このように材料はダイスでその直径が縮径され、細く長くなって行きます。
- Prof. Birdie:
- この伸線加工においては、ダイスの形状、どれぐらい小さくするか、そしてダイスの材質をどう選ぶかがポイントです。他にも伸線速度、潤滑液、中間熱処理そして装置なども重要な要素です。Lisaさんがこぶこぶのワイヤという風に云ってましたが、伸線加工では1分間に数百mという速さでダイスを通じて加工さるため、断面の形状が変化しにくい優れた加工法なんですよ。
- Miss Lisa:
- だんだん難しくなってきました。奥が深そうですね・・・。
- Mr. Joe:
- 今回はこの辺にしておきましょうか。
- Prof. Birdie:
- 最後に、金を最初に加工し始めたのはいつごろだか分かりますか?
- Miss Lisa:
- 昔から装飾品とかに使われてきたので・・・、エジプト文明の頃ですか?
- Prof. Birdie:
- 文献によると、紀元前20から30世紀頃から打ち伸ばして裁断された金を小さな穴を通して手で引抜き、すでに細い金の線を作っていたといわれており、4000年から5000年前ということになります。有名なツタンカーメン王がいた頃は紀元前1340年頃なので、それよりずっと前ですね。
- Mr. Joe:
- そして今日現在でも、私たちは金線を作り続けています。
- Miss Lisa:
- 壮大な歴史ですね。今回は単位の話から伸線加工までずいぶんと金ボンディングワイヤがどんなものであるかを理解できました。また宜しくお願いします!