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筋肉損傷の回復を早める「金のナノ粒子」、動物実験で効果

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筋肉にダメージを受けると、赤く腫れるような炎症が起きる。これは人間の持つ自己治癒能力のひとつだが、長い炎症は慢性病の進行の要因となる。ハーバード大学のヴィース研究所(Wyss Institute)の研究者は、金のナノ粒子を用いることで、筋肉の回復を早める技術を開発した。


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骨格筋組織。提供:ミシガン大学医学部(University of Michigan Medical School)

筋肉が切れたり、傷ついたりした経験がある人なら誰でも知っていることだが、怪我をしたとたん患部は腫れ、赤みを帯び、痛み始める。これらは典型的な炎症の兆候だ。

炎症は、患部の治癒を促進するための体の自然な反応だ。しかし、長期にわたる過度の筋肉炎症は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーなどの慢性疾患の進行の一因となり、また関節リウマチ、喘息、糖尿病など、体のほかの部分の疾患も悪化させる。

これらの疾患の治療薬として、体内で生成される抗炎症性サイトカインの一種「IL-4」が検討されている。しかし、体内での分解速度が速いため、効果は限定的だ。加えて、点滴による大量投与を繰り返す必要があるため、さまざまな副作用を引き起こす。

これに関して、ハーバード大学のヴィース研究所とジョン・A・ポールソン工学応用科学部(John A. Paulson School of Engineering and Applied Sciences; SEAS)が、新たな技術を開発した。大量のIL-4分子を付着させた金のナノ粒子を、負傷した筋肉に直接注射することで、負傷から2週間後の筋肉の構造と強度の回復が向上したのだ。この研究は、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された。

論文の筆頭著者で、ヴィース研究所とSEASの両方に所属する大学院生のテレサ・レイモンドは、「炎症反応を利用するこの技術は、筋肉の再生そのものに特化した既存の方法の治療効果と機能を有意に高める可能性があります」と語る。

レイモンドが開発した方法は、怪我や感染に反応して生成される免疫細胞の一種であるマクロファージに主に作用する。マクロファージは、体の負傷箇所にたどり着いた時点では、M1と呼ばれる炎症誘発状態にあり、炎症性サイトカインや抗微生物ペプチドといった、免疫反応を開始し新たな筋肉細胞の生成を促進する分子の放出を促す。その後、マクロファージはM2と呼ばれる状態に切り替わり、炎症を抑制し、筋繊維の成熟を促す。

マクロファージのM1M2の均衡が崩れると、負傷箇所でM1マクロファージが増えすぎて、筋肉の再生が阻害される。IL-4には、マクロファージの状態をM1からM2に切り替え、筋繊維の回復を早めるはたらきがある。けれども、IL-4を標的箇所に蓄積させるのは難しい。この問題の解決を図る試みはこれまでにもあったが、炎症や怪我のモデルでは、十分な改善がみられなかった。

この課題に取り組んだレイモンドと、ヴィース研究所のデヴィッド・ムーニー教授は、IL-4を金のナノ粒子に付着させるという方法を編み出した。この製法の一部は、すでに治療法として米食品医薬品局(FDA)の認可を受けている。

研究チームはまず、IL-4ナノ粒子と、ヒトの細胞内を漂う天然のIL-4分子の作用を比較し、前者が生物活性を維持しているだけでなく、浮遊性IL-4よりも効率的にM2マクロファージへの転換を促すことを示した。

次に、生体内でのはたらきを調べるため、マウスのすねに傷をつけ、3日後に患部にIL-4ナノ粒子を注射した。ナノ粒子は、IL-4が血中に流出して周辺組織に拡散するのを防ぎ、筋肉の負傷箇所にとどめた。これにより15日後、IL-4ナノ粒子を注射されたマウスの筋繊維の面積は、IL-4を付着させていないナノ粒子を注射されたマウスのものよりも、有意に増加した。加えて、IL-4ナノ粒子の処置をした筋肉は、収縮時の力とスピードにおいて、浮遊性IL-4を注射した筋肉を上回った。

最後に、IL-4ナノ粒子を注射した筋肉では、注射していない筋肉と比べ、M2マクロファージの割合は2倍に増え、M1マクロファージは減少した。浮遊性IL-4を注射した筋肉でもM1マクロファージは減少したものの、M2マクロファージの増加にはつながらなかった。これらの結果は、IL-4を金のナノ粒子に付着させることで、抗炎症状態へのシフトと筋肉の再生が促進されることを示している。

SEASの生体工学教授(Robert P. Pinkas Family Professor of Bioengineering)も兼任するムーニー教授は、「この研究により、炎症反応の調整は、機能的組織の再生を促進する効果的な方法であること、またIL-4ナノ粒子が生体内、かつ怪我をした状況において、M2マクロファージへの転換を促進することがわかった。今後の研究の多方面への発展が期待できる」と述べた。

レイモンドは現在、IL-4ナノ粒子を使ったデュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療をテーマに、ナノ粒子のデザインの改良や治療計画の最適化に関して、マウスで研究を続けている。「これらの実験により、今回の研究で示したような急性創傷においてだけでなく、慢性炎症においてでも、IL-4ナノ粒子がマクロファージの表現型転換を促進することを実証したい」と、レイモンドは言う。

今後の実験では、IL-4ナノ粒子と筋生成細胞との直接の相互作用や、マクロファージの表現型が筋ジストロフィーの文脈で筋肉再生にどう影響するかについても、生体モデルで検証される見込みだ。

ヴィース研究所の創設所長(Founding Director)を務めるドナルド・イングバー医学博士は、「ヴィース研究所は、何においても常に改善を目指します。『これで十分』といった考えは認められません」と言う。「今回の研究は、単にIL-4を炎症組織に届けるためのより優れた方法を示しただけでなく、慢性炎症疾患の効果的な治療法の展望を切り開きました。将来、多くの人々の生活の質の改善につながる可能性があります」。なお同教授は、ハーバード大学医学部(Harvard Medical School; HMS)、およびボストン小児病院(Boston Children’s Hospital)血管生物学専攻に所属する血管生物学教授(Judah Folkman Professor of Vascular Biology)でもあり、SEASの生物工学教授の肩書きも持つ。

関連記事: Immune cells help older muscles heal like new(免疫細胞が筋肉の若返りに関与)

文献:Theresa M. Raimondo el al., “Functional muscle recovery with nanoparticle-directed M2 macrophage polarization in mice,” PNAS (2018). http://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1806908115

掲載誌:米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences; PNAS

提供:ハーバード大学Harvard University

 

この記事は、リンゼイ・ブラウネルが執筆したWyss InstituteのリリースがMedical Xpressに掲載され、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。