expand_less
NASA

なぜ月に人は住めないのか

  • 未来
2019/11/28

太陽風、角が尖った砂、ほぼ無重力。これらは、月での生活を困難にする理由のごく一部にすぎない。小旅行くらいなら、荷物は「あまり」必要ない。でも、長期間の滞在となれば話は別だ。米航空宇宙局(NASA)

地球の新鮮な空気や、数限りなく多様な生物たち、(比較的)安定した平均気温にうんざりしている? 何もかも捨てて、もっと生活がシンプルなところ、あるいはいっそのこと、何ひとつない場所に飛んでいきたい?

もしそうだとしたら、384400キロメートルかなたにある、太陽系でも指おりの殺風景な場所に旅してみよう。つまり、だ。

天文学的に見て地球に最も近い隣人である月には、3793万平方キロメートルもの平和で静けさに満ちた土地があり、多種多様なグレーのグラデーションで覆われている。あらゆる自然に惑わされることのない荒涼とした月は、うってつけの旅先だ。

まるで天国のように思えるだろう。とはいえ残念ながら、月という名の天国で暮らしたいからといって、ロケットに乗って、ただそこに移住すれば済むわけではない。それに、月で最初に事業に乗り出す人たちはおそらく、リゾートや別荘を建てたりはしないだろう。米航空宇宙局(NASA)の現時点での望みは、いずれ火星に行くことを考えて、月面にガソリンスタンドを建設することだ。宇宙飛行士はいったん月に立ち寄って、燃料と物資を補給し、それから8カ月をかけて、赤い惑星と呼ばれる火星への冒険旅行に乗り出すことになる。

星々に囲まれた5つ星ホテルになるにせよ、地球の大気圏外に初出店するコンビニになるにせよ、地球の周りを回る小さな岩の塊である月は、あまりにも荒れ果てている。よって、人類が月に定住するためには、生命維持に欠かせない基本的なインフラを建設しなくてはならない。それは簡単なことではないだろうが、決してSFのなかだけの話というわけでもない

天体物理学と惑星科学の研究者で、宇宙コンサルティング企業「アストラリティカル(Astralytical)」創業者でもあるローラ・フォーセックは、「人間はとても脆弱だ。もろいからこそ、多くものを必要とする」と話す。

まず、月には大気圏と言えるものがない。フォーセックによると、月にも地球の大気圏と似た「大気圏もどき」が存在しているという。「外気圏」と呼ばれるそれは、太陽風で月の表面から吹き上げられた粒子やガスなどが混ざり合って、磁気の力で漂っている。しかし、月における呼吸に適した空気の構成要素は、地球と比べると濃度がきわめて低い。月で深呼吸をするのは、宇宙の真空空間で深呼吸をするのと同じくらい危険で、死に至る行為だ。

だからといって、米歌手ジョーダン・スパークスの「No Air」を情感たっぷりに歌い出すのはまだ早い。ありがたいことに、未来の月の住民はどうやら、呼吸の心配をしなくてもよさそうだ。フォーセックが言うには、国際宇宙ステーション(ISS)には環境制御・生命維持システム(ECLSSが備わっており、かなり効果的に空気循環が行なえるようになった。月に温室を建てて、酸素を放出する植物を栽培すると同時に、ECLSSと同様のシステムで空気を浄化し、定住地の密封・制御された居住モジュール・ネットワーク内へとその空気を送り込めば、人類は何年にもわたって安心して呼吸を続けることができる。

ただし、少なくとも一度は、生きていくうえで必要な気体を月へと大量輸送し、空気の循環システムを軌道に乗せなくてはならない。それには多額のお金がかかるだろう。たった1ポンド分(約454グラム)の物資を月へと輸送するだけで130万ドル以上かかるのだ(空気であってもそれは同じで、タンク内に圧縮して送ることになる)。

月の貧相な外気圏は、ほかにも深刻な問題を引き起こす。空気がなければ風も吹かないので、浸食が起きない。そのせいで、月面にある塵の粒子、別名「レゴリス(月の砂)」が、とりわけ厄介な存在となる。

地球上にある砂の粒は、顕微鏡で観察すると、丸みを帯びているのがわかる。一方のレゴリスは、粒子が尖っている。レゴリスは、隕石や太陽風の直撃によって粉砕されてできたものだ。風だけでなく水などの液体もないため、砕かれて尖った部分は、摩耗して丸くなることはない。地球のビーチでくっついた砂を払うのはたやすいが、引っかかりやすい月の粒子を払い落とすのは困難だ。尖った粒子はまた、月面で作業をする機械や人間にとって悩みの種になりかねない。

大気圏が存在しないということは、落下してくる隕石を防ぐすべがないという意味でもある。隕石は猛烈なスピードで落下してくるので、宇宙服や恒久的な施設に、穴を開けるおそれがある。月面に暮らす未来の人類は、流れ星を見つけたら、願い事を唱える代わりに逃げ場を探さなくてはならないわけだ。

幸い、月面の居住地では、ハリケーンや大気圏で発生する異常気象現象については心配せずに済む。その一方で、目には見えないがきわめて有害な脅威に向けた対策を立てなくてはならない。その脅威とは「太陽風」だ。地球と違い、月には磁場が存在しないので、太陽から放出される強力な荷電粒子を防げないのだ。

とりわけ強烈な太陽フレアが発生すると、太陽の表面から高エネルギー粒子が噴出するが、地球でさえそれを遮断できず、電力インフラに大きな障害が起こる。守りに不可欠な磁場なくしては、月面の居住地に襲いかかる太陽風が、そこで暮らす人間やインフラを破滅に追い込んでしまうかもしれない。

そこで必要となるのが、水やポリエチレンなどの物質だ。それらの物質には、問題の原因である宇宙からの粒子を遮断して衝撃を吸収するのに十分な水素原子が含まれており、月面の建物を太陽放射から守ってくれる。

科学者たちは2019年5月、月で生活するうえで注意すべき新たな問題を発見した。それは「月震」だ。宇宙船アポロの飛行士たちが月面に設置した地震計が観測したデータによると、月には明らかなプレート運動や沈み込み帯がないにもかかわらず、月の地面ではマグニチュード5程度の揺れが起きているようだ。

とはいえ、地球ではそれよりも強い地震が発生している。惑星の地震を調査する惑星科学研究所(PSI)の研究アシスタント、サム・カービルは、月震が起きても、月面の建造物に大きな危険が及ぶとは考えにくいと話す。

とはいえカービルは、月震の背景にある潜在的メカニズムが、将来的に月面に建設する建物に影響をもたらす可能性があると述べている。月面が震動するひとつの原因として考えられているのが、温度変化による応力だ。温度が極端に下がったり上がったりすることで物質が伸縮する力であり、場合によっては断層ができてしまう。

月は、太陽系の中でも温度変化が大きい場所だ。日中は華氏260度(摂氏127度)と、尋常ではない暑さに達し、夜間は華氏マイナス280度(摂氏マイナス173度)と、骨まで凍り付きそうなほど冷える。また、月の1日は地球の27日間に相当するので、月面の居住施設は、こうした極端な気温が和らぐまで、一度に何週間にもわたって耐え抜かなくてはならない。

月には、重力の問題もある。月の重力は、地球のわずか6分の1しかない。宇宙飛行士が長期にわたって無重力状態に置かれた際の影響を踏まえると、月の住人は、健康維持のために予防策を講じる必要がある。ISSで微小重力状態にさらされると、骨量の減少と筋力の低下が早まり、心臓の血管に問題が生じることがわかっている。重力に逆らうことは、私たち人間が身体的な健康を維持するうえで役立っているのだ。だからこそ、ISSに滞在する宇宙飛行士たちは、無重力状態を補うべく、1日に何時間も運動をしている。月の重力はそれほど極端に小さいわけではないが、カービルによれば、低重力の環境で長期的に生活を送ると、健康に支障をきたす可能性があるという。

また、はるか昔から砂漠だった月という場所に居住地を設置するのであれば、何らかの形で水源を確保しなくてはならない。ECLSSと似たシステムで、月に運んだ水を循環させることも可能だが、効率は100%ではなく、時間とともに水の損失が起きるだろう。

フォーセックによれば、レゴリスの粒子に含まれている水素と酸素を何とかして取り出して結合させ、水分子H2Oをつくって安全な水源にするのもひとつの方法だという。とはいえ、そのプロセスには膨大なエネルギーが必要となる。その代わりに、月の南極か北極の近くに居住地を置くという手もある。極地には、太陽の光を一度も浴びたことのない氷が堆積しており、溶けずに残っている。それなら、容易に水が手に入り、浄化システムに補給できるだろう。

不思議なことに、カービルとフォーセックが口をそろえて言うには、月への移住の最大の障壁は、破滅をもたらす太陽風でも、くっついて取れない尖った砂粒でもない。問題は、月への移住を実現させようとする経済的・政治的な意欲だという。NASAにはいまのところ、いかなる規模であれ、人間を月に再び送り込むための正式な計画がない。ほかの宇宙プログラムも、有人飛行を実現させるための資金がまだ確保できていない状態だ。

「技術的に言えばNASAは、人間を月に送るための能力と動機、専門知識を持っている」とフォーセックは語る。「問題は、それを成し遂げるために、地球上の人間が資金を出すかどうかだ」

 50年前、アポロ計画で宇宙飛行士を月面へと送る際に大きな動機となったのは、アメリカとソ連のあいだの冷戦下の宇宙開発競争だった。そしていまは、火星をはじめとする太陽系の各地に向かうときの足がかりとして、月を活用できるのではないかという可能性が動機となっている。カービルによれば、人類が月に定住すれば、深宇宙に向けたロケット発射のコストを大幅に削減できるという。月の重力が小さく、大気圏がないおかげで、ロケット打ち上げがはるかに楽になるというのが、コスト削減の主な理由だ。

火星に行く途中に立ち寄る重要な中継地点になるにせよ、これまでで最も隔絶された研究施設になるにせよ、あるいは単なるアウトレットモールになるにせよ、月に恒久的な施設を設置するのは大きな挑戦だ。私たちは、必要なものがすべて揃っている惑星に暮らしていることに感謝すべきだろう。

この記事は「Popular Science」に掲載されました。

Popular Science Logo

 

この記事は、Popular Scienceのアレックス・シュウォルツが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。

同カテゴリの新着記事