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量子エンジニアの獲得が「量子コンピュータ時代」を制す

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ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)の奥深くには、「スター・ウォーズ」の反乱同盟軍の基地と、ジュール・ベルヌの小説のワンシーンを融合したような研究室がある。

長さ数kmのケーブル、点滅する電子機器。スクリーンの奥には、希釈冷凍機という金色の奇妙な装置が隠されている。希釈冷凍機の仕事は、量子コンピューターの組み立てに必要な精密機器を、絶対零度近くまで冷やすこと。絶対零度とは、既知の世界で最も低い温度のことだ。

希釈冷凍機の周りには、ドイツやスペイン、中国から来た学生たちがいる。彼らは、いまだに存在しないエリートの職業、つまり量子技術者を目指す学生たちだ。こうした科学者たちは、人工知能(AI)や自動運転車、暗号、医療といった分野で、過去1世紀における量子力学の発展を、革命的な実用化につなげようとしている。

問題は、アナリストたちが「量子のボトルネック」と呼ぶものの存在だ。業界の急成長が原因で、英国で、あるいは世界的に、予想される需要を満たすのに十分な量子技術者が訓練されていないのだ。こうした技能不足は、重大な問題と考えられている。もし対策を講じなければ、量子技術の中心地としての英国の立場が危うくなる。

ロンドンとオックスフォードに拠点を置くスタートアップ、クオンタム・モーション(Quantum Motion)でコマーシャル・ディレクターを務めるジェームズ・パレス=ディモック(James Palles-Dimmock)は、「人材のパイプラインにアクセスできないことは、会社の存続に関わる脅威となるだろう。ライバルもそれは同様だ」と話す。「平均的な人材が1000人いても、量子コンピューターをつくることはできない。必要なのは10~100人の非常に有能な人材で、世界中のどの企業も状況は同じだ。そのため、最高の人材を獲得できるかどうかが勝敗の分かれ目になるだろう」

これは、ニッチ市場で戦う企業だけの問題ではなく、すべての企業に影響することだ。UCLの教授として量子技術の博士課程を担当するポール・ウォーバートン(Paul Warburton)は、「もし英国が世界経済の最前線にとどまりたいのであれば、最先端の科学技術の発展を競わなければならない」と警告している。「それが、生活水準を維持する唯一の方法だ」

「量子のボトルネック」は深刻になる一方だ。データが不十分ではあるものの、クオンタム・コンピューティング・レポート(Quantum Computing Report)とウィスコンシン大学マディソン校の調査によれば、2016年6月のある日、量子関連企業の求人は全世界でわずか35人だったが、12月には283人まで急増したという。

クオンタム・モーションは英国の予測として、今後18カ月間に業界全体で150~200人の新たな量子技術者が必要になるだろうと述べている。これに対し、ブリストル大学の博士課程は、有能な技術者を年間10人ほどしか輩出していない。

英国の大学では近年、規模の大きい物理学部のなかの小さなグループで、量子技術者たちが博士号の取得を目指していた。UCLとブリストル大学では現在、学部の垣根を超えて博士号の取得を目指すことができ、物理学だけでなく数学や工学、コンピューター科学を専攻する大学院生が一緒に研究を行う。多くの学生は量子技術の経験がほとんどないため、4年間の博士課程の1年目は入門的な内容となっている。

ブリストル大学の学生ナオミ・ソロモンズ(Naomi Solomons)はこう語る、「大きな物理学部のなかの3~4人だけで研究するより、大勢で量子分野に取り組むほうがずっといい。専攻は、コンピューター科学でも、工学でも構わない。彼らは同じ課題について高いレベルの知識を持っており、しかも、経歴が異なるため、同じ課題でも考え方が違う」

ソロモンズは、学際的な博士課程で学ぶ幸運に恵まれているが、英国では極めてまれなことだ。UCLのウォーバートンは、「今でも物理学者が圧倒的に多い」と語る。「この分野を本当の意味で変えるには、物理学以外を専門とする博士課程の学生を大幅に増やさなければならない」

ウォーバートンによれば、2つ目の問題は米国との競争だという。「この国で量子技術の博士号を取得した学生は、米国で引く手あまただ」。実入りのいい米国企業が、英国の人材を引き抜くリスクはかなり大きい。

クオンタム・モーションのパレス=ディモックは、「競争になった場合、どうすれば、グーグルやカナダのDウェーブ(D-Wave)に太刀打ちできるというのだろう?」と問い掛ける。「ほしい技術者を手に入れるためであれば、彼らは30万ドルでも40万ドルでも喜んで支払うだろう」

急成長を続けるAI>との類似点もある。ウーバーは2015年、自動運転車の開発を進めるため、カーネギーメロン大学にいた世界的なロボット工学研究室の人材をほぼ全員(約50人)引き抜いたが、このことは、技術者不足がボトルネックの原因となったとき、何が起こりうるかを示唆している。

クオンタム・コンピューティング・レポートのマネージングエディター、ダグ・フィンケ(Doug Finke)はすでに、現在の量子業界で同様のパターンを確認している。「実業界で量子コンピューティングの規模が拡大し、多くの学者が企業の一員に加わり始めている。このままでは、次世代の学生に教える教授が不足するかもしれない」

技術者の供給を増幅させるには、さらなる対策が必要だ。多様性の拡大はその一つだ。ブリストル大学は、女子学生の割合を現在の20%から増やすため、量子分野で初めてとなる、女性のためのイベントを開催した。

もう一つの選択肢は、さまざまなレベルの量子技術者を育成することだ。「修士号や、4年間で取得できる学士号を新設し、技術者を量産するという方法もある。企業は多くの場合、博士課程で訓練を受けた人材を必要としないためだ」とターナー(Turner)は話す。「ただし、業界のリーダーではなく、歩兵のような人材を育てることになるだろう」

アイデアと人の自由な動きを制限するバリケードのようなものが築かれる可能性もある。UCLの教授で、クオンタム・モーションの創業時に役員を務めていたジョン・モートン(John Morton)は、「各国が少しばかり守りに入っているように見える」と語る。「(彼らは)しばしば、国家安全保障という名目で、自国企業の商業上の利益を守ることを正当化する」

UCLのウォーバートンによれば、この傾向は米国で顕著に見られるという。だからこそ、英国は自国で量子技術者の訓練を行う必要がある。「他国から技術を得られる見込みはない。量子技術の能力は、自国で賄うべきだ」

 

この記事は、GuardianのMark Piesingが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。