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殺菌ロボットに赤外線ボディカメラ -130以上の対策を施した「ニューノーマル時代のコロナフリーオフィス」の全貌
少し前であれば、未来の職場あるいは病院のように感じられたかもしれない。
しかし、ルーマニアの首都ブカレストのオフィスビルには実際、ハンズフリーのドアハンドル、自浄式の表面、抗菌塗装、空気監視ディスプレイ、紫外線殺菌ロボットといった135種類の対策が施されている。このオフィスビルをつくった者たちは、世界で最もウイルスに強い職場のひとつと謳い、これがオフィスデザインのニューノーマルになることを期待している。
ブカレスト西部にある5階建てのビル「H3」に入ると、まるで新しいダンスのステップを覚えるような気分になる。手首を差し出すとドアが開き、赤い線の上に立つと、2メートル離れた場所にある赤外線ボディーカメラが発熱の兆候を調べる。「青信号」が灯った人は、順路に従って自浄式のエレベーターに乗り込み、足を載せるフットパッドを踏みながらビル内を移動できる。通気孔に設置されたUVライト殺菌システムによって、フロア間の感染は防止されている。
ただし、画面が赤く点滅した人は、ビニール手袋をはめた「イミューン(免疫)係」によって、近くの隔離室に連れて行かれる。ビルの他の部分から遮断された室内換気システムを備える、非常ボタン付きのガラス製の箱だ。壁に設置された「ウイルスキラー」は3段階調節のファンで、同じく壁に設置された殺菌用UVライトの助けを借りて空気中の汚染物質やカビ、胞子を確実に除去する。
このような未来像に不安を覚える人もいるだろう。病院の技術を模したこの衛生的な環境は果たして、パンデミックが十分に抑制されていると判断されたとき、従業員が戻りたいと思う場所なのだろうか? ルーマニアではこの18カ月というもの、ヨーロッパの他の国と同様にオフィス労働者の大部分が自宅に閉じこもっていた。複数の調査によれば、多くの人がオフィスに戻ることに不安を感じているようだ。
「イミューン・ビルディング・スタンダード(IMMUNE Building Standard)」プロジェクトの主要コーディネーターのひとり、ギャビン・ボナー(Gavin Bonner)は、「ポイントは、人々を安心させることだ。パニックに陥ってほしくない」と話す。このプロジェクトの目的は、パンデミック後に備える企業を支援することであり、世界中の医療従事者、建築家、エンジニア、IT管理者、ビル管理者が参加している。
すでにイミューン(IMMUNE)という基準が、英国のいくつかのビルに適用されている。開発者には、H3の所有者でもあるルーマニアの大手不動産会社ジェネシス(Genesis)が名を連ね、約100万ユーロ(約1億2800万円)が投じられている。ジェネシスのCEOリーヴィウ・トドール(Liviu Tudor)によれば、米国からシンガポールまで、他にも10を超えるビルが、イミューン認証の取得を目指しているという。H3は、推奨されている135の対策をすべて盛り込み、現時点で最も保護された空間として、ショールームの役割を果たしている。
「最高のアイデアを結集するため」、プロジェクトはオープンソース化されているとトドールは説明する。防火基準のように、域内の新しい基準の土台になることを期待して、トドールは欧州連合(EU)に申請書を提出した。トドールによればこのプロジェクトは、技術革新から科学知識、職場の心理学まで、あらゆるものを包含しており、雇用主と従業員の両方を勇気づける狙いがあるという。多くの雇用主と従業員たちは現在オフィスに戻ることは安全なのか、もし安全であればどのように戻ればいいかについて真剣に話し合っている。
トドールにとって、このプロジェクトは事実上、パンデミックの影響で投資家が遠ざかった商業不動産の業界を復活させようという試みだ。企業がオフィス空間を必要としなくなったり、オフィスを持つ余裕がなくなったりすれば、自身のビジネスのリスクになることをトドールは痛感している。
現在H3に入居しているのは、スウェーデンの通信企業エリクソン(Ericsson)だ。エリクソンとジェネシスが37万5000ユーロ(約4800万円)の費用を折半し、1万5500平方メートルの空間を、1年かけて改装した。通常であれば、H3では2000人の従業員が働く。しかし現在、間隔を開けて置かれたデスクや会議室には、ごく一部の従業員しかいない。しかも混雑を避けるため、デジタル予約ツールで予約する必要がある。夏が終わったら、まず20%の従業員が戻る予定だという。
ルーマニア法人の担当者は匿名を条件に次のように述べた。「我々には、人々の健康を守るため建物にあらゆる対策を講じたという安心感を与え、人々の信頼を得る必要がある。彼らにはできる限り多くの情報を提供したい」
ジェネシスのITマネージャーであるドラゴシュ・コズマ(Dragoș Cozma)によれば、コミュニケーションが鍵を握るため、従業員たちは、ビルの玄関ホールに設置された「デジタルツイン・ディスプレイ」と呼ばれる大型スクリーンで、「ビルの状況を把握する」ことを推奨されているという。コズマは、ビル全体の詳細な3Dマップを操作し、建物の「免疫力を高める」さまざまな対策を表示してみせた。
戸棚に残っている消毒用アルコールの本数から、ビル内のラドン、揮発性有機化合物(VCO)、二酸化炭素、湿度まで、従業員はあらゆることをチェックできる。フロアごと、日付ごとのデータも比較可能だ。また、タンクに取り付けられた逆浸透浄水器や、ウイルスキラー、ロックダウン中に配管から検出されたレジオネラによる感染症を防ぐセンサー類などの仕組みについて説明する動画を見ることもできる。
エリクソンの担当者は、「IT専門家である従業員たちは、このガジェット風のアプローチを高く評価している」と話す。
肘や前腕で開けられるアタッチメント付きのドアなど、よりシンプルな対策も施されている。角が少ないほど、病原体が付着しにくいため、建具や床は可能な限り丸く仕上げられている。
トイレの個室は、床から天井まで閉じられている。隣の個室との距離が、推奨されている2メートルに満たないため、エアコン付きの個室に閉じこもることが最も安全という判断だ。夜になると、高さ1.2メートルのロボットがビル内を巡回し、UVライトで病原体を除去する。日中には換気システムの要所から、過酸化水素イオンが放出される。メカニズムを見ることができるよう、天井は透明なパネルになっている。「可視性がすべてだ」とボナーは述べる。
ただし結局のところ、これは「形ばかりの衛生管理」にすぎないのではないだろうか? 新型コロナウイルス拡大の一因が人の行動であることを考えると、建物の改装に何百万ユーロも投資する価値があるのか、という疑問が残る。新型コロナウイルスは空気中の飛沫(ひまつ)やエアロゾル粒子によって広がるというのが科学界の総意であり、物体の表面から感染することはほとんどない。一般的には、屋内空間を避けるべきだと言われている。
トドールによれば、従業員はこれまで通り、ローテクな「換気」を用いることを推奨されているという。つまり、定期的に窓を開けるということだ。
しかし、航空機の技術者から不動産業に転身し、ルーマニアに15万平方メートルのオフィス空間を所有するまでになったトドールは、これは形ばかりの衛生管理ではないと主張する。ブカレスト、コトロチェニ地区にある、宮殿だった建物を丁寧に修復した自分のオフィスで取材を受けたトドールは、「健康な建物」という概念は、建築をさまざまな危険に適応させてきた歴史の必然的な次の一歩だと述べた。
「まず、屋根と壁があった」とトドールは前置きし、さらにこう続けた。「その後、耐震基準や防火基準が導入され、最近は、公害対策や建物の持続可能性を高めるための対策も講じられている。そして今、パンデミックの時代が到来した。パンデミックはもちろん、細菌であれ毒物であれ、不可解なさまざまな脅威に適応しなければならなくなったのだ。もはやデスクの間隔を広くするだけでは不十分だ」
この記事は、The GuardianのKate Connolly(ブカレスト)が執筆し、Industry Diveパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまでお願いいたします。