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ロボット外科医、国際宇宙ステーション(ISS)へ

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ロボット外科医、国際宇宙ステーション(ISS)へ
ロボット外科医が今、地球の上空を周回している。白衣を着たメタリックなヒト型ロボットがメスを手にしているわけではないが、わくわくするミッションであることに変わりはない。

科学者たちは2024年1月30日(米国時間)、数々の革新的な実験装置を載せたノースロップ・グラマンのシグナス補給船を打ち上げ、国際宇宙ステーション(ISS)へと送り出した。打ち上げはグリニッジ標準時17時07分に行われ、補給機は2月1日にISSに到着した。

搭載された実験装置のひとつが、重さ0.9kgのロボットデバイスだ。長さは成人の前腕ほどで、動作制御が可能な2本のアームに、それぞれ鉗子とハサミを装着している。バーチャル・インシジョン(Virtual Incision)社が開発したこのドクターロボットは、将来的に、地上にいる人間の医師と通信しつつ、宇宙飛行士の患者に対して高精度な医療処置を行うことを想定して設計された。

バーチャル・インシジョンの共同創業者兼最高技術責任者であるシェイン・ファリター(Shane Farritor)は1月26日、シグナス補給船に関するプレゼンテーションのなかで、「私たちの実験の高度な部分は、ここネブラスカ州リンカーンからデバイスを操作し、軌道上で模造の人体組織を切開するところです」と語った。

初期段階の現在は、ゴムバンドを用いた実験でしかない。だが、宇宙ミッションが月へ、火星へ、その先へと探査範囲を拡大するなかで、チームはロボット外科医に大きな期待を寄せている。近年、各国の宇宙開発機関や民間宇宙企業が多種多様な有人ミッションの計画を打ち出すなか、遠隔宇宙医療はホットな話題のひとつとなっている。

関連記事:International Space Station will host a surgical robot in 2024

例えば、NASAのアルテミス計画は、2026年までに宇宙飛行士を月面に立たせることを目指しているが、同時にこれが、人類の火星到達を実現するためのステップになることも期待されている。そして人類は、月と火星へのミッションを足がかりにして、さらに遠い宇宙への旅へと乗り出すだろう。おそらく、最初は金星へ。壮大な夢を語るなら、太陽系の外へさえも。したがって、宇宙飛行士たちが宇宙空間で安全に過ごせるよう(ヒトはこうした環境で生きられるようにできていない)、科学者たちは、宇宙飛行士を目的地へと運ぶロケットと並行して、宇宙における医療技術が発展していくことを望んでいるのだ。

印象的な実例のひとつは、NASAが2021年に航空医官のジョセフ・シュミット(Josef Schmid)を、ホロレンズ技術を介してISSに「転送」した実験だ。VR(仮想現実)とFaceTimeとAR(拡張現実)のマッシュアップ、とでも言えばいいだろうか。

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2021年10月8日、ホロレンズ技術を通じてISSに「転送」された、ホログラムの医療専門家たち。画像提供:欧州宇宙機関(ESA)宇宙飛行士トマ・ペスケ(Thomas Pesquet)

「ロボット手術ミッションは、宇宙空間を探索する人々だけでなく、地球上のすべての人々に恩恵をもたらします」とバーチャル・インシジョンは説明する。「卓越した技術を持つスペシャリストの外科医を、さまざまな場所に送り込み、遠隔手術の助っ人として起用できるのです。今現在、ロボット手術が実施される手術室は全体の約10%にすぎませんが、この数字が100%になっても何ら不思議はありません」とファリターは言う。

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地上で披露された、ロボット手術技術デモのための操作装置。装置は、宇宙飛行士が「自動モード」と「遠隔手術モード」を切り替えられる設計になっている。電子レンジ大の装置の内部には、ミニチュアの外科手術ロボットが収納されており、人間の手による遠隔操作と、あらかじめ組み込まれた動作によって制御される。画像提供:NASA / Virtual Incision

こうした技術は、専門医が少なく、手術室の数にも限りがある遠隔地の医療施設において、とりわけ絶大な効果を発揮するだろう。実際、バーチャル・インシジョンは、NASAだけでなく軍からも資金提供を受けている。「どちらの組織も、あり得ないような場所での手術が求められます。私たちの小型ロボットは、そうしたモビリティに有用なのです」とファリターは述べた。

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操作装置から取り出されたロボット手術デバイス。ロボット手術技術デモでは、地上から遠隔操作可能な小型ロボットを使った外科手術の水準が検証される。研究チームは、微小重力状態や、地上との時間差が与える影響の評価を行う。画像提供:NASA / Virtual Incision

今回打ち上げられたその他の実験装置

シグナス補給船に搭載され、ISSに向かったのは、小さなロボットドクターだけではない。ファリターがバーチャル・インシジョンについて語ったプレゼンテーションのなかで、その他の専門家たちも、1月30日に宇宙に送り出されたさまざまな装置について説明した。

まずは、ISSのロボット外科医の友達とでも言うべきロボットアームだ。このアームは、すでにISSの内部環境でテストされているが、新たなミッションでは、完全非加圧の環境でのテストを目指している。

ナノラックス(NanoRacks)社のプログラムディレクターであるメイ・マーフィー(May Murphy)は、「最初の実験で検証したのは、プラグの抜き差しや物体の移動といったタスクでした」と説明する。「私たちは、複雑性のレベルを上げ、(中略)使用するツールを切り替えて、スクリュードライバーに相当する道具などをテストします。これにより、さらに多様なタスクが実行可能になるでしょう」

「クルーが時間をかけてやらなければならない仕事を代行するわけですが、それを超えた役割も視野に入れています。私たちはすでに、クルーを曝露させたくないような過酷な環境で、追加的なタスクを実行する能力を備えています」と、マーフィーは続けた。

一方、欧州宇宙機関(ESA)は、小さな金属部品を製造できる3Dプリンターを宇宙に送っている。その目的は、宇宙で3Dプリントされた金属の構造が、地球上で3Dプリントされた金属と比べてどのような特性を示すかを検証することだ。ほとんどの電子機器にとってなくてはならないパーツである半導体も、3Dプリント版が同様に検証される。

NASAのISSプログラムで科学副主任を務めるミーガン・エヴェレット(Meghan Everett)は、「宇宙船を長期間にわたり、補給なしで宇宙空間に滞在させなくてはならないことを考えると、小さな部品の一部を宇宙でプリントする能力は、宇宙船の長期的完全性を保つために必要です」と説明した。

エヴェレットによれば、この実験により研究者たちは、地球上では3Dプリントが不可能なある種の素材が、宇宙空間でなら3Dプリントできるかどうかについても検証できる。「暫定的なデータによれば、一部の製品は、地上よりも宇宙空間でのほうが、より高品質に製造できます。これは、エネルギー生産能力の観点から見て、より優れた電子機器の開発につながります」

また、微小重力が骨量減少に与える効果を解明するための装置も打ち上げられた。MABL-Aと呼ばれるこの装置は、骨髄との関連が知られる間葉系細胞(結合組織,骨,筋,脂肪などの非上皮系の間葉を構成する細胞集団の総称)の働きと、それが宇宙空間でどう変化するかを分析するものだ。これにより、宇宙飛行士の骨量減少という、よく知られた宇宙探査の大きなハードルのひとつについて知見が得られるだけでなく、ヒトの加齢のダイナミクスにも光があたるだろう。「私たちはまた、骨形成に関わる遺伝子に、重力がどのような影響を与えるかについても注目しています」と、メイヨー・クリニックの医学病理学研究室に所属するアッバ・ズバイル(Abba Zubair)教授は述べている。

さらに、NASAの生物学・物理学研究部門でディレクターを務めるリサ・カーネル(Lisa Carnell)は、自らが率いたApex-10ミッションについて、宇宙における植物と微生物の相互作用を調査するものだと説明した。この研究は、地球上で植物の生産性を高めるためにも役立つかもしれない。

人工網膜とコンピューター

プレゼンテーションに登場した実験のなかで、あと2つ紹介したいのは、宇宙におけるコンピューター利用と、人工の眼だ。後者は、正確には人工網膜であり、まずはこちらについて見ていこう。

ラムダ・ヴィジョン(LambdaVision)社のニコール・ワグナー(Nicole Wagner)CEOは、驚愕するような目標を掲げている。黄斑変性や網膜色素変性といった網膜変性疾患の末期症状によって失明した、数百万の人々の視力を回復させるという目標だ。

そのため、ワグナーCEOのチームは、タンパク質ベースの人工網膜の開発に取り組んでいる。この人工網膜は、「交互積層での静電沈着(electrostatic layer-by-layer deposition)」と呼ばれるプロセスで作成されるものであり、簡単に言えば、基質上に特殊なタンパク質の層をいくつも沈着させていくというものだ。「基質は、密に編まれたガーゼのかけらのようなものと考えてください」とワグナーCEOは説明する。

ワグナーCEOによると、このプロセスは、地球上では重力の影響によって阻害されることがある。層になんらかの不備があった場合、人工網膜の性能は台無しになりかねない。それなら、微小重力下で生産してはどうだろうか? ラムダ・ヴィジョンでは、これまでISSで8回以上のミッションを実施してきた。過去の実験において、微小重力状態では実際により均一な層を生産でき、人工網膜に適した高性能な薄膜をつくることができたという。

「今回のミッションでは、粉末状にしたバクテリオロドプシン(光駆動プロトンポンプとしてエネルギー変換を行う膜タンパク質)をISSに送り、そこで溶液に再懸濁します。そして特殊な器具、ここでは分光計を使用して、ISS上におけるタンパク質の品質と純度を測定します。同時に、タンパク質を溶液に懸濁する際に使われたプロセスの妥当性を確認します」

医師が、人工網膜の生産を宇宙に発注し、のちに地上に配送されてきた製品を患者に移植することで、患者の視力が回復する。そんな未来を想像できるだろうか?

宇宙におけるコンピューターの利用に関しては、「スペースボーン・コンピューター2(Spaceborne Computer-2)」プロジェクトの研究主任であるヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)のマーク・フェルナンデス(Mark Fernandez)博士が、例を挙げて説明した。「宇宙飛行士が船外活動を行った後は、手袋の損傷のチェックが実施されます。この作業は、すべての宇宙飛行士が、船外活動後に毎回行う必要があり、完了するまで手袋は再使用できません」

フェルナンデスによれば、通常この作業は、損傷の可能性のある手袋の高解像度写真を複数撮影し、地上に送信して分析するという形をとる。

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画像提供:NASA

フェルナンデスによれば、この確認作業が完了し、手袋が再び使えるようになるまで、通常5日程度を要する。研究チームは、時間的コストの問題を解決すべく、NASAおよびマイクロソフト(Microsoft)の協力のもと、宇宙ステーション内で分析を実施し、要注意箇所にフラグをつけるAIモデルを開発した。分析にかかる時間は約45秒だ。「これまで5日かかっていたことが、せいぜい数分で終わるのです」とフェルナンデスは述べる。さらにチームは、宇宙ステーション内でのDNA解析も実施し、通常は数カ月かかる解析が約12分で完了したという。

ただしフェルナンデスのチームは、スペースボーン・コンピューター2のサーバーがISSで正常に機能することを確認する必要があり、そのため今回のシグナス補給船にサーバーを搭載した。同プロジェクトにとっては3度目のISSミッションだ。

「ISS米国国立研究所は、わが国に多大な恩恵をもたらしています」とNASAのカーネルは述べた。「次世代の科学者やエンジニアに向けて、新たな可能性の宇宙を創造しているのです」

この記事は、SpaceのMonisha Ravisettiが執筆し、Industry DiveのDiveMarketplaceを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまでお願いいたします。