CLOSE

About Elements

美しい未来のために、
社会を支えるテクノロジーを

TANAKAは、「社会価値」を生む「ものづくり」を世界へと届ける「貴⾦属」のスペシャリスト。
そして、「Elements」は、わたしたちのビジネスや価値観に沿った「テクノロジー」や「サステナビリティ」といった
情報を中⼼に提供しているWEBメディアです。
急速にパラダイムシフトが起きる現代において、よりよい「社会」そして豊かな「地球」の未来へと繋がるヒントを発信していきます。

Elements

美しい未来のために、
社会を支える技術情報発信メディア

検索ボタン 検索ボタン

全固体電池:電気自動車(EV)の科学に変革をもたらす競争の内幕

この記事をシェアする

全固体電池:電気自動車(EV)の科学に変革をもたらす競争の内幕

オーストラリア・ディーキン大学の電池研究イノベーション拠点にあるドライルームで作業するのは、ビーチで1日を過ごすのとはだいぶ違う。

「ビーチというよりは、砂漠ですね」と、統括責任者を務めるティモシー・クー(Timothy Khoo)博士は話す。「ビーチでは、少なくともある程度の湿気が入ってきますから」

広さ150平方メートルのこのドライルームは、クーが知る限り、研究目的のものとしてはオーストラリア国内で最大規模だ。この施設は、次世代電池の試作品の製作と試験を行うために不可欠だという。

「ここで長時間作業するのは非常に大変です」とクーは述べる。「危険というわけではありませんが、目が乾き始め、肌が乾燥し始め、夏にずっと屋外で太陽の下にいるような気分になるからです」

室内を乾燥させておかなければならない理由は、製造中の電池にとって、水や水蒸気、湿気が命取りになるからだ。クーによると、汚染によって正しく機能しなくなったり、性能が低下したりする可能性がある。

素材によっては、最悪のシナリオとして危険が伴う恐れもある。

「リチウムは、水と接触すると激しく反応します」とクーは説明する。「リチウムは、ナトリウムやカリウムと同様の化学物質に分類されます。ナトリウムを水に投入すれば爆発しますが、リチウム金属の場合でも同様の反応が起きるのです」

次世代電池技術の開発に向けて各社が競い合うなかで、この研究拠点は活況を呈している。

リチウムイオン電池は、多くの人にとって馴染み深いものだろう。ソニーは1990年代、自社の携帯音楽プレーヤーの電源として初めてリチウムイオン電池を商品化した。そうした慎ましい始まり方だったが、充電式リチウムイオン電池は今やこのカテゴリーを支配し、携帯電話やノートパソコンだけでなく、最も高性能の用途である電気自動車に電力を供給するまでになっている。

マッキンゼー(McKinsey)の分析によると、世界のリチウムイオン電池市場は、2030年までに4000億ドル(約60兆円)産業に成長するとされている。だが、リチウムイオン技術の性能がこれ以上向上することは望めない。そこで、大きな社会変革を求める人々は、全固体電池にますます注目している。

関心と期待

ベンチマーク・ミネラルズ・インテリジェンス(Benchmark Minerals Intelligence)のシニアアナリスト、ローリー・マクナルティ(Rory McNulty)博士によると、フランスのブルー・ソリューションズ(Blue Solutions)が2015年に初の商用全固体電池を発表して以来、全固体電池をめぐる関心が高まっているという。

ブルー・ソリューションズの電池は、電気バス用に設計されたものだが、設計上の制約があり、充電時間が4時間以上かかる。これは、全固体電池の開発プロセスがどれほど困難になり得るかを示す実例のひとつであり、トヨタ自動車のような企業にとっても事情は同じだ。

世界的な自動車大手のトヨタは2023年7月、全固体電池の開発に革新的な進歩をもたらしたと発表し、全固体電池の大きさ、重量、製造コストを半減させることが可能になると主張した。

この発表は、興奮と、懐疑的反応の両方で迎えられた。その原因のひとつは、トヨタが2006年から全固体電池の開発に資金をつぎ込んでいる一方で、過去10年間にわたって、完全電気自動車生産への取り組みをあまり進めてこなかったことだ。

そして、この発表から間もない10月には、トヨタと、日本の石油会社である出光興産が、固体電解質を共同で開発・製造し、2028年までに市場投入を目指すと発表した。

この分野に携わる企業はトヨタだけではない。フォルクスワーゲン(Volkswagen)は2024年1月、クアンタムスケープ(Quantumscape)が開発した全固体電池が、耐久試験に合格したと発表した。1000回以上の充電サイクルを正常に完了し、そのあとでも95%の発電能力を維持したという。

さらに中国でも、各社が提携関係を結び、研究開発を行っている。衛藍新能源科技(WeLion New Energy Technology)は「半固体電池」(化学的性質の目標設定がより低いタイプ)を開発し、電気自動車(EV)開発を進める上海蔚来汽車(NIO)がこれを採用した。両社は、2024年までに製品を発売することを目指している。

「トヨタはこの数年の間に何度か、全固体電池の出荷スケジュールを先送りにしてきました。このことは、新技術開発の基盤となる技術的課題の一部が、どれほど難しいものであるかを示すものだと思います」とマクナルティは述べている。

電池の仕組み

全固体電池は基本的に、より小さな電池で、より多くの電気を発生させることが期待されている。この技術を開発する取り組みは、いくつかのアプローチをとってきたが、現在の関心の大半は、シリコンとリチウム金属という2つの材料に集中している、とクーは指摘している。

「シリコンベースのアノード(負極)は、リチウム金属タイプの電池に比べて、技術的な準備状況に関して少し進んでいます」とクーは解説する。「純粋に科学的・工学的な観点から見ると、リチウム金属電池のほうが少し革新的だと私は考えています」

「目的通りに動作させることができれば、の話ですが」

大まかに言うと、電池を構成するのは正極(カソード)、負極(アノード)、電解質の3要素だ。電池のマイナス側として一般に知られる負極は、電子を回路に放出する一方、プラス側の正極は流れ込む電子を受け取る。電解質は、イオンが両極間を移動できるようにする。

これらの構成要素の相互作用によって、電池の「エネルギー密度」が決まる。エネルギー密度とは、電池が単位重量あたりに保持できるエネルギー量のことだ。エネルギー密度が高い電池ほど、より多くの電力を蓄えることができるため、電気自動車などに適している。

黒鉛やシリコンの負極と液体電解質を用いる現在のリチウムイオン電池とは異なり、全固体電池は、名前が示す通り、液体の代わりに固体物質を用いている。

これにより、自動車事故などでケースに穴が開いても液体が漏れ出す危険がなく、リチウム火災の可能性が減るため、より安全な電池を作り出すことができる。さらに、電気自動車のドライバーにとってより重要なのは、走行距離の大幅な向上が見込めることだ。

だが、派手な宣伝にもかかわらず、全固体電池の開発は、負極(にまつわる問題)によって妨げられているのが現状だ。

デンドライトと開発

現在出回っている数種類のバリエーションのうち、リチウム金属負極を使った全固体電池は次世代の高性能電池技術になり得る可能性があり、大きな関心を集めている。

ただし、開発には難点がある。「デンドライト(樹枝状結晶)」が生じるという問題だ。

デンドライトは、リチウムイオンが純金属の負極を覆い、表面に微小な突起を残すことで形成される。

オーストラリアの電池技術企業Li-Sエナジー(Li-S Energy)の最高経営責任者で、業界団体「先端材料電池評議会(AMBC:Advanced Materials and Battery Council)」の創設ディレクターを務めるリー・フィニアー(Lee Finniear)は、(負極上にある)欠陥が時間とともに成長すると、「落雷が起こっているときの、大都市にそびえる高層ビルの頂点のような役割を果たす」と説明している。

「リチウムイオンは、負極への最短経路を探そうとします。負極の表面に、何らかの変形箇所や高い所があれば、そこに、より多くのイオンが引き付けられます。これがリチウムとして“めっき”されることで、高い所がさらに増大します」とフィニアーは説明する。

デンドライトが成長する大きさ次第では、負極と正極を隔てる隔膜を貫通して、短絡(ショート)を引き起こす可能性がある。

「こうなると、電池は機能しなくなります」とフィニアーは述べる。

課題は他にもあるが、これらの問題を解決するのは困難で、費用がかかる可能性もある。そのためシリコン負極を用いる研究グループも存在する。シリコン負極には、太陽光発電パネルに使用されているのと同様の素材が利用されている。

この素材は導電性が高いため、負極に用いるシリコンを増やすほど、性能が向上すると考えられている。

ただし、シリコン負極は、充電サイクルごとに膨張・収縮する(水を吸い上げるスポンジのような作用だ)。より多くのシリコンを添加することで、負極の膨張度も高くなる。純シリコン負極は、体積が最大で4倍に膨張する可能性がある。

こうした繰り返しの結果、介入措置を講じなければ、負極は最終的に粉々になる。

この問題を解決するには、シリコンを特殊な方法で構造化する必要がある。別の解決策としては、シリコンの挙動を変化させる添加剤を見つけることだ。

これらの問題を解決することは可能だが、この種の電池を電気自動車用として商業化するのは、依然として困難だ。

次世代の技術に関しては、製造ラインを構築し直すだけでなく、サプライチェーン問題を解決する必要もある。特に、自動車用電池メーカーに供給できるだけの純リチウム金属箔を生産している企業が存在していない現状では、なおさらだ。

さまざまな問題に対処すると同時に、全固体電池の製造コストを下げるようなブレークスルーがもたらされれば、それは革命的なことだろう。だが、トヨタはこれまで、同社が開発を進めている負極の素材については口を閉ざしてきた。

これに関して質問されたトヨタ・オーストラリアの広報担当者は、この情報を公開できない理由として「研究開発については親会社(トヨタ本社)が取り組んでいる」からだと答えた。

いずれにしても、業界関係者の非公式な話によれば、トヨタは「すべて」を追求している、とシンプルに考えるのが良いだろうとのことだ。

一方、Li-Sエナジーのフィニアーは、「人々は忘れがちですが、ここで話をしているのは科学についてです」と指摘する。「いま話しているのは、電子やイオン、化学物質を促して、指示のとおりに実行させることです。これは、自分でプログラムできるソフトウェアの開発ではないのです」

「ブレークスルーは本当に重要ですが、多くの労力を要するのです」

この記事は、The GuardianのRoyce Kurmelovsが執筆し、Industry DiveのDiveMarketplaceを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまでお願いいたします。