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パワーデバイスにおける貴金属ろう材の信頼性向上

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sarayut

月刊「溶接技術」2022年6月号
田中貴金属工業株式会社 岸本 貴臣

1.はじめに

パワーデバイスとは電力を変換するための半導体装置であり、自動車、再生可能エネルギー、産業用機器など、多くの用途で利用されている。中でも自動車の用途においては、ハイブリッド化、電動化が進められており、パワーデバイスの需要は年々増加している。また、性能面においても、高効率化・小型化・高出力化の開発が進められており、パワーデバイスを構成するそれぞれ部材においては、性能の向上と、より厳しい使用環境に耐える信頼性の向上が求められている。

図1にパワーデバイスの構造を示す。パワーデバイスは複数の部材で構成されており、これらの素材は半導体・金属・セラミックスなど様々である。また、部材同士は接合されており、異種材料の接合が複数の界面で行われている。パワーデバイスは動作していないとき、例えば車の駐車中などは外気温に近い温度まで冷やされることとなる。特に冬季には氷点下以下、地域によってはマイナス数十度まで冷やされる場合がある。一方で自動車が走り始めると、パワーデバイスに電気が流れて発熱し、百数十度まで温度が上昇する。このように、パワーデバイスの動作が繰り返されるたび、発熱と冷却が繰り返し行われ、パワーデバイスを構成する部材とその接合部には、繰り返しの熱衝撃が加わることなり、異種材料の接合部には特に大きな力がかかることとなる。


図1.パワーデバイスの構造

パワーデバイスを構成する部材の中に、セラミックス回路基板と呼ばれる部材がある。セラミックス板の両面に銅の板が接合された構造をしており、表面は電気回路の機能を持っており、裏面は放熱の役割を果たしている。中央に配置されたセラミックス板は、この電気回路と冷却装置の間で、電気的な絶縁を行う役目を果たしながら、半導体素子が発生した熱は冷却装置へ逃がす重要な働きをしている。パワーデバイスの動作によって発生する熱によってセラミックス板の表面に接合された銅は大きく膨張し、動作が終了すると冷却されて収縮することとなる。一方でセラミックスは熱によってほとんど膨張しない性質を有している。このため、セラミックス回路基板は、温度変化によって銅だけが膨張収縮を繰り返し、セラミックスとの接合界面には温度変化によって発生した膨張収縮による応力が繰り返し加わり続けることとなる。さらに、これまではパワーデバイスの動作温度が最大で150℃程度とされていたが、今後はより高い175℃や200℃での動作の要求もでてきており1)、セラミックス回路基板の熱衝撃に対する耐久性・信頼性の要求は日々高まっている。また、これまでは厚さ0.3mm程度の銅板がセラミックス板に接合されて使用されることが一般的であったが、0.8mmやそれ以上の厚さの銅を使用して放熱性能を向上される試みも行われており、セラミックス回路基板に求められる性能は日々高くなっている。

本稿ではパワーデバイスの構成部材の一つであるセラミックス回路基板について、信頼性向上の検討を行ったため報告を行う。

2.適用の背景と目的

セラミックス回路基板に用いられるセラミックス板と銅の接合にはいくつかの方法があるが、その一つにろう付によって接合する方法がある。

一般にろう付とは金属同士を接合するために用いられる接合方法であり、セラミックスをろう付によって接合することはできない。しかし、活性金属ろう材と呼ばれる特殊なろう材を使用することでセラミックスを直接ろう付することが可能となる。活性金属とは、ろう材にチタンなどの活性金属を添加元素として加えることで、セラミックへのぬれ性を改善したろう材である。銀と銅にチタンを添加した活性金属ろう材が広く知られており、セラミックス回路基板の製造にも使用されている。

一般的なセラミックス回路基板の製造方法を図2に示す。まず、接合に用いられる活性金属ろう材はペースト状のものが使用される。このペーストろう材は、銀・銅・チタンそれぞれの金属粉末と有機溶剤とを混錬して作られている。このろう材ペーストを窒化ケイ素などのセラミックス板に塗布し、その上に銅板が設置される。この状態で真空中にて加熱を行い、ろう材ペーストを溶融させてろう付を行う。このとき、銀銅の共晶合金であれば融点が780℃であるため、800℃程度の温度でろう付することができるが、この工法で使用しているペーストろう材は先に述べたように、銀・銅・チタンそれぞれの粉末を混合した状態であるために、800℃の加熱では溶けず、銀の融点に近い900℃以上の温度で加熱して溶融させてろう付が行われる。

ろう付後、セラミックスの両面に銅が接合した状態が得られるが、片面には回路パターンを形成する必要があるため、このあと片面の銅をエッチングで取り除く作業が行われる。回路パターンを形成するために、銅の表面にはマスキングが行われ、薬液によって銅のエッチングが行われる。さらに、銅をエッチングしたあとには、ろう材層が存在するため、ろう材層のエッチングも行われ、回路パターンが形成される。以上の工程を経て、セラミックス回路基板が完成となる。


図2.セラミックス回路基板の製造方法 (現行法)

このような工程でセラミックス回路基板は製造されているが、この方法を用いた場合、信頼性にとっていくつかの懸念が生じる。1つは、高いろう付温度(900℃以上)による影響。2つ目はエッチングによるセラミックスへのダメージである。

まず、高いろう付温度について、一般に金属よりもセラミックスの熱膨張率は小さく、高温でろう付した後冷却されると、セラミックスと金属の熱膨張係数の差により、接合界面には大きな残留応力が生じることとなる。本稿のはじめに記載した通り、パワーデバイスが動作するたびに、この状態からさらに繰り返しの熱衝撃が加えられることとなるが、ろう付後の状態ですでに大きな応力がかかった状態であるため、ろう付温度をできるだけ下げて銅の膨張を抑え、セラミックスとの接合界面に発生する応力を極力下げることが望ましい。しかし、銀・銅・チタン粉末を混錬した活性金属ろう材ペーストを用いているため、ろう付温度の低温化は困難である。

次に、エッチングによるダメージについて、セラミックスと銅の接合界面はろう材層によって接合されているが、セラミックスとろう材層の界面には、活性金属ろう材中に含まれるチタンとセラミックスの成分が反応してできたチタン化合物層ができている。ろう材層やチタン化合物層がセラミックス表面に残留してしまうと、回路パターン間の絶縁が確保できず、電気が予期せぬ場所に流れてしまう危険性があるため、完全に除去する必要がある。チタン化合物を除去する方法としては、現状、フッ化アンモニウムなどが用いて処理が行われている。この方法の場合、チタン化合物を除去する一方で、セラミックス基板、窒化ケイ素自体にダメージを与えてしまうおそれがあり、信頼性の低下が懸念される。

このように、従来工法はいくつかの懸念を抱えており、今後のより高い耐久性や信頼性を求められた際に、課題となってくることが予測される。このため、これらの問題を解決可能な新しいセラミックス回路基板の製造方法の開発が必要である。

3.技術の内容

先に述べた課題を解決するために、ろう付温度の低温化が可能であり、エッチングプロセスを必要としないセラミックス回路基板の製造方法について検討を行った。解決策として、活性金属ろう材と銅をクラッド化した活性金属ろう材/銅クラッド材を利用することを検討したので、その内容について説明を行う。活性金属ろう材/銅クラッド材の写真を図3に示す。銅の片面に薄い活性金属ろう材層が張り付いた構造となっている。銅と活性金属ろう材の板材を連続的に張り合わせた後、プレス加工によって打ち抜いて作製を行った。銅の厚さは0.8mmで、ろう材の厚さは20µmである。


図3.活性金属ろう材/銅クラッド材 プレス片

この複合材に使用したろう材はAgCuSnTi合金である。活性金属ろう材は先にも述べたように銀・銅・チタンで構成されたものが知られており、AgCuTi合金のろう材板材も流通している。しかし、AgCuTi合金を溶解鋳造した後、板状に加工し箔を得ようとした場合、図4に示すように、金属組織中に粗大なCuTi化合物が現れる。この粗大な化合物は非常に硬く、加工を進めると、板材表面に飛び出したり、材料から抜け落ちたりして、板材の破断・穴あきなどが発生し、薄板・箔材に加工することが困難であった。当然、銅と張り合わせることも不可能であった。


図4.活性金属ろう材 断面金属組織

そこで、AgCuTi合金に添加材を加えることで組織改善を行えないか過去に検討を実施し、AgCuSnTi合金とすることで、チタン化合物が微細に分散させることが可能であることを見出し、AgCuSnTi合金の活性金属ろう材を開発した。今回はこのAgCuSnTi合金を用いることで、先のクラッド材を試作することが可能であった。

活性金属ろう材銅クラッド材を用いたセラミックス回路基板の製造工程を図5に示す。回路形状やヒートシンクの形状など任意の形状にプレス加工した活性金属ろう材/銅クラッド材を用意し、セラミックス板の上に設置する。このとき、カーボン治具などを用いることで、位置決めを行うことが可能である。そして、真空炉で加熱を行いろう付を行う。今回用いたろう材の融点は750℃近辺であり、また、ろう材は合金であるため、先のペーストのように900℃以上の加熱は必要なく、800℃の温度でろう付することができ、ろう付温度を低温化することができた。また、ろう付後のエッチング加工については、事前にプレス加工にて任意の形状に加工が済んでいるため、エッチングプロセスも必要とせず、エッチング処理によるセラミックスへのダメージも懸念する必要がなくなった。このように、活性金属ろう材/銅クラッド材を用いた新しい製造工程を用いることで、先に述べた従来工法の懸念事項を解決することができたと考える。


図5.セラミックス回路基板の製造方法 (開発工法)

4.これまでの成果

図6に活性金属ろう材/銅クラッド材を用いて実際にろう付を行ったセラミックス回路基板のサンプルを示す。


図6.活性金属ろう材/銅クラッド材を用いて作製したセラミックス回路基板

寸法は複合材が0.8×30×30mm(ろう材層20µm)、窒化ケイ素は厚さ0.32mmのものを使用した。

図7に接合後の界面状態観察結果を示す。観察は透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて行った。TEM観察の結果、セラミックス近傍にはチタンが集まっていることが確認され、このチタンの層は接合界面全体にわたって均一にできていることが確認された。またこのチタン層の詳細については、窒化ケイ素に近い側からTiN・Ti5Si3であった。これらの化合物は、一般的に窒化ケイ素を活性金属ろう材で接合した場合に現れる物質であり2)、AgCuSnTi合金の活性金属ろう材と窒化ケイ素が反応し、ろう付ができていると考える。また、窒物系のセラミックスを活性金属ろう材で接合した場合に、セラミックスとろう材の接合界面にTiSi層が過剰にできると強度低下を招くという報告がされているが3)、今回の場合、TiNi層は接合界面全体にわたってできているが、Ti5Si3層は部分的にできているのみで、非連続的な状態で存在しており、脆化層となって接合信頼性に悪影響を与える恐れはなく、良好な接合状態が得られていると考える。


図7.窒化ケイ素/活性金属ろう材接合界面 TEM観察結果

次に、信頼性を評価するためにヒートサイクル試験を実施した。ヒートサイクル試験とはパワーデバイスの動作を模擬した評価試験の一つで、冷却室と加熱室を交互に移動することで試験サンプルに熱衝撃を与え、熱衝撃に対する耐久性を評価する試験である。今回は冷却室を-50°加熱室を175℃に設定し、それぞれ30分の保持時間として1サイクル1時間の条件で試験を実施した。評価方法としては超音波探傷を用いてろう付後の状態・ヒートサイクル試験250サイクルごとの状態を測定して評価を行った。

ヒートサイクル試験結果を図8に示す。


図8.ヒートサイクル試験 超音波探傷結果

ろう付直後・ヒートサイクル試験前の状態ではボイドや剥離などは確認されず、銅とセラミックスが面全体で接合されている状態が確認できた。また、試験が250サイクル・500サイクルと進んでいっても、その状態には変化が見られず、1500サイクルの試験後においても変化は見られなかった。このため、熱衝撃に対して十分な耐久性を有していることが確認でき、活性金属ろう材銅複合材を用いた製造方法によって作製したセラミックス基板は、熱衝撃に対して高い信頼性を有していると考える。

5.今後の展開

さらに高い信頼性を確保するためには、さらなるろう付温度の低温化が一つの解決策であると考える。現在、ろう付温度の低温化のために、ろう材成分の最適化を進めている。また、パワーデバイスのさらなる小型化と出力密度が高まることも予測されるため、放熱性を上げる必要もあると考えている。その解決策として、両面冷却構造の検討も行っている。図9に両面冷却構造への応用例を示す。半導体素子から発生した熱を、従来は下方向の一方向のみに逃がしていたが、両面にセラミックス回路基板を配置することで、上下2方向へ熱を逃がすことができるようになり、放熱性能を向上させることができる。この時、セラミックス回路基板表面には回路パターンとともに端子も同時に成形する工法を検討している。活性金属ろう材/銅クラッド材は任意の形状にプレス加工を行うことが可能であるため、このような形状を簡便に作製することができ、活性金属ろう材/銅クラッド材の特徴を生かせると考えている。


図9.活性金属ろう材/銅クラッド材の応用例

6.おわりに

パワーデバイスを構成する部材である、セラミックス回路基板について、従来の製造方法では高温でのろう付やエッチング工程でのセラミックスへの薬液によるダメージなどによって、信頼性が低下していることが懸念され、今後予測されるより厳しい使用環境に対応できなくなる懸念がある。

今回この課題を解決するために、活性金属ろう材/銅クラッド材を開発し、ろう付温度の低温化とエッチング工程を必要としない工法について検討を行った。

ろう付温度は従来の900℃以上から800℃まで100℃下げることができ、ろう付前にプレス加工を行って回路形状を形成することで、エッチング工程を必要としない工程とすることができた。この新しい工法を用いて作製したセラミックス回路基板のサンプルについて、ヒートサイクル試験での評価の結果、-50℃から175℃の条件での試験において1500サイクル以上の耐久性が確認され、今後見込まれる厳しい環境下での使用条件に対する要求に耐えられる、信頼性の高いセラミックス回路基板を作製することができたと考える。

また、さらなるろう付温度の低温化や、より高い放熱性能を得るための両面冷却構造など、活性金属ろう材成分の最適化・クラッド材の応用など様々な開発を今後も進めていくことを計画している。これらの技術によりパワーデバイスの信頼性が向上し、さらに効率的なエネルギーの利用がなされ、美しい地球の未来に貢献できることを願う。

参考文献

1)監修:菅沼克昭 次世代パワー半導体実装の要素技術と信頼性

2)志智雄之ら:日本セラミックス協会学術論文誌 97 [11] 1354-57 (1989)

3)永塚公彬ら:溶接学会論文集 第31 巻 第1号 p. 16-22 (2013)

■関連情報

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