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水素事業に乗り出したロシア、目指すは環境に優しい天然ガスをヨーロッパに提供すること
ヨーロッパに天然ガスを輸出するロシアのエネルギー大手ガスプロムは、炭素を一切排出せずに天然ガスから水素を製造し、その市場を2050年までに年間1530億ユーロ(約19兆900億円)規模にまで構築するにはどうすればいいのか模索中だという。
ガスプロムの幹部が2018年10月にベルギー・ブリュッセルで行ったプレゼンテーションで明かしたところによると、このプロジェクトが実現すれば、金額に換算すると1100億ドル(約12兆700億円)分になる2017年のヨーロッパ天然ガス供給量を超える市場規模となる。
こうした取り組みによってロシアは、日本政府や、石油大手ロイヤル・ダッチ・シェルなど少数の企業と歩調を合わせることになる。彼らは燃料電池と水素を、化石燃料による発電ならびに交通運輸に代わる手段として推進している。
ヨーロッパが温室効果ガスの排出を大幅に削減すべく務めていることを受けて、ロシアは、自国が輸出する天然ガスを、より環境志向型のものへと転換してエネルギーミックスの一端を担い続けるにはどうすればいいのか、方法を探っている。水素が選択肢のひとつであるのは、余分な温室効果ガスを排出せずに天然ガスから製造することが可能だからだ。
ガスプロムの依頼を受けて研究を実施したドイツのコンサルティング会社Thinkstep AG社の主席コンサルタント、ミヒャエル・ファルテンバッハーは、ガスプロムのブリュッセル支社で行われたプレゼンテーションで、「完璧とは言えないまでも、かなり高い可能性を持ったソリューションだ」と述べた。「私たちが検討しているのは、CO2を大きく削減する可能性だが、それは金銭的なコストを伴う。関連した投資は絶対に必要だが、業界や経済にとっては、チャンスも存在する」
天然ガスはすでに、水素を商業的規模で製造する際の主原料として使われている。また、ヨーロッパのガス・パイプライン網には以前から、軽めのガスが、ごく少ない割合で混合されている。それらのパイプライン網に混合する水素の割合を徐々に増やし、その後、温暖化を悪化させない環境志向型の方法で、天然ガスから水素を製造しようというのがガスプロムの考えだ。
水素の製造技術は、水の電気分解を含めて、いくつか開発されつつあるが、ガスプロムが検討しているのは、「メタンの熱分解」として知られる方法だ。
メタンの熱分解では、小型リアクター内で高圧をかけられた低温の非平衡プラズマのなかで水素を発生させる。ガスプロムは、シベリアにある都市トムスクでこの技術を試験中だ。
ガスプロム・ドイツの広報担当マクシミリアン・クーンは、2018年11月初めにベルリンで行われた会議で、「ロシアからの天然ガスは、いまでは、ヨーロッパで入手できるもののなかで最も純度が高い」と述べた。「私たちは、ドイツがパリ協定の削減目標を達成するには、天然ガスが解決策であることを認識してもらうべく提案している。天然ガスによって、私たちは目標を達成することができる」
このプロセスでは酸素との接触がないので、水素原子が天然ガスから分離される際に、CO2が排出されることはない。この手法であれば、純粋な水素が次々と製造されるうえに、炭素は、CO2として空気中に放出される代わりに固体となって除かれる。固体炭素は産業利用が可能だ。
こうした工程に必要なエネルギーを、風力発電あるいは太陽光発電でまかなえば、水素の製造過程における炭素排出はゼロになる。
ニューヨークにある研究機関ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス(NEF)のアナリスト、クレア・カリーは、「ガス会社は現在、当惑し、不安を抱いている。再生可能エネルギーのコストが下がり、電気暖房の利用が拡大し、ヨーロッパ各国が非常に強力な水素政策を採用していることから、ガスのインフラ全体が不要になる可能性があるためだ」と話す。
「炭素を低コストで回収できるのなら、それは興味深い。ただし、課題もある。人々が自宅に水素を置きたがるかどうかはまだわからない。また、(この方法では)ヨーロッパはエネルギーを自給できるようにならない」
ガスプロムは今後数十年で、炭素を排出しないタイプの水素を自社事業に取り入れていきたい考えだ。実現すれば、ヨーロッパは2050年までに、温室効果ガスの排出量を62%削減することができるだろう。2050年までに温室効果ガスを1990年比で80%削減することを目指していることを思えば、これは大きい。
ガスプロムはそのために、次のような3つのステージを提案している。
ステージの1つめは、すでに進められている。それは、発電所と自動車それぞれに使用される燃料を、石炭ならびに石油から、ガスに移行することだ。2つめのステージでは、天然ガスと混合する水素の量を増やしていく。
Thinkstepによると、いまのところ、ガス供給網に混合できる水素の上限割合は国によってまちまちだ。例えば、イギリスの場合はゼロだが、オランダは12%だ。大部分の施設では、水素の混合割合が最大で20%までなら問題がなく、インフラの変更も不要だとガスプロムは説明する。
パイプライン網で使用される水素の割合が25%を超えると、スチール製パイプの亀裂抵抗力(破壊靭性)が下がる可能性があり、30%を超えるとタービンやコンプレッサーを調整する必要性が出てくるかもしれないとThinkstepは話す。
「パイプライン網で使われる水素の割合を高くするには、パイプラインならびに規制に変更を加えなくてはならない」とブルームバーグNEFのカリーは述べる。
ガスプロムはいまだに、このビジネスが今後どう進化していくかを思案中だ。ガスプロムの専門家は、ヨーロッパで水素を製造して、そこにロシアから届いた天然ガスを混合する方が、採算がとれるかもしれないと話す。
いかなる変更や修正であれ、ガスプロムの顧客やヨーロッパ規制当局、その他の関係組織などによる慎重な研究や調査が必要になるだろう。
Thinkstepのファルテンバッハーは、「天然ガスは、その濃度から、長距離輸送が向いているし、水素は輸送先で製造した方が理にかなっている」と述べる。
欧州委員会のウェブサイトに掲載されている報告書を見ると、ロシアがCO2を排出せずにガスを供給することに積極的に取り組む姿勢を初めてヨーロッパに対して示したのは、8月にベルリンで開かれたワークショップの席上だったようだ。
その報告書では、ロシアが描く「メタンの熱分解」という、炭素をまったく排出しないで水素を大量に製造できる技術についての展望が示されている。
報告書には、「長期的に考えると、こうした技術は、水素をベースにした再生可能エネルギーを導入するまでの移行期間に利用可能な、コスト効率のよい方法だ」と書かれている。「メタンの熱分解で生じる副生成物の炭素を、CO2として空気中に放出することなく貯留するための認定ルールについては、いずれ策定する必要がある」
天然ガスから水素を製造するもうひとつの主要手段として知られているのが、電気分解だ。これは、流れるガスに電荷を加え、分子を各成分に分解する方法だ。
Thinkstepによれば、ガスプロムは2050年までに、1kg当たりの水素の製造コストを1.14ユーロ(約142円)にできる可能性があるという。現在、ドイツ北部での電気分解による水素の製造は、安くなった風力電力ならびに電力卸売市場における下限価格を利用することで、1kgあたり2.21ユーロという製造コストとなっている。この価格は2025年までには1.77ユーロまで下げられるかもしれないとブルームバーグNEFは見ている。
他の世界的エネルギー企業も、水素に目を向けている。ノルウェーのエクイノール(Equinor)は2018年7月、水素工場の実現可能性について調査を委託した。また、オーストラリアのウッドサイド・ペトロリアムは、千代田化工建設率いる日本の水素供給プロジェクトと協議を行った。
水素は、シェルが提供している燃料のひとつだ。同社は事業の一環として、ドイツ国内に水素補給ステーションを400カ所設置するための合弁事業に参加している。また、カリフォルニア州、イギリス、カナダに水素補給ステーションを設置したほか、オランダにも4カ所を新たに建設すると発表している。
シェルは取材に対してメールで回答し、「とりわけ輸送用燃料としての水素については、交通輸送分野において増え続ける需要に応えながら、炭素排出を削減し、大気環境を改善するうえで大きな可能性を秘めていると私たちは考えている」と述べた。
記事執筆補助者:Anna Hirtenstein, Kelly Gilblom, Vanessa Dezem.
当記事執筆者の連絡先:Anna Shiryaevskaya(ロンドン):ashiryaevska@bloomberg.net
当記事担当編集者の連絡先、Reed Landberg : landberg@bloomberg.net, Rob Verdonck
©2018 Bloomberg L.P.
この記事は、Bloombergのアンナ・シリャエフスカヤが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。