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有人宇宙探査の知られざる歴史:コリン・バージェス著『The Greatest Adventure』レビュー

  • 未来
2021/8/20

2021年7月20日、世界で2番目の大富豪であるアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスは、みずから宇宙へ飛び出すことに成功した。このプロジェクトは、ベゾスに対して「そのまま宇宙にいてくれ」と頼む、風刺に富んだ世界的な署名運動を巻き起こした。自己愛の強い税金逃れの常習者が、男根を思わせるロケットに乗って「自己発射」する。もしその瞬間に人類の宇宙探査の歴史が終わったとしたらそれは、ナチスの兵器に端を発し、おそらくは人類文明史上最高であろう偉業をめぐって展開されてきた驚くべき物語にしては、あまりにも陳腐な結末になったことだろう。

人類が最後に月面を歩いてから、もう50年近くが経っている。当時は、インターネットもスマートフォンもない時代だった。宇宙飛行士たちは、制御された巨大な爆発の力により、想像を絶するスピードで飛ぶ、ガタつくブリキ缶で月へ送りこまれていた。
現代のアプリ経済の支持者たちは、現代こそ、技術革新が史上最高のペースで進んでいる時代だと主張したがるが、その主張ではどういうわけか、ある時代が無視されている。ソビエト連邦が世界初の人工衛星スプートニク1号を軌道上に打ち上げた1957年から、米国の3人の宇宙飛行士が月へ飛び、うち2人が本船とは別の着陸船で月へ降り立ち、月面を歩いて岩石を採取したあとでまた月から飛び立ち、司令船とドッキングして地球へ戻り、無事に海に着水した1969年までの時代だ。

月へ行った飛行士たちを、苦労の末に地球重力圏のはるか外へと押し上げたサターンV型ロケットは、現在でも史上最大のロケットだ。36階建てのビルの高さに相当するこの巨大な怪物は、ナチスのロケット科学者ヴェルナー・フォン・ブラウンの指揮のもとで設計された。1944年後半からロンドンを恐怖に陥れたV2ロケットの開発者であるフォン・ブラウンは、終戦時に米軍に投降し、米国の安全な場所へ喜んで移送され、ソ連に対する核攻撃を念頭に置いた弾道ミサイル用ロケット設計の責任者となった。

だがフォン・ブラウンは、みずからのロケット科学をそれほど醜悪ではないかたちで活用する夢を捨てきれずにいた。1952〜1954年にかけてはコリアーズ誌で、「人類はまもなく宇宙を征服する!」と題した連載記事を書いていた。その後スプートニクが登場し、1961年4月にはユーリイ・ガガーリンが人類として初めて宇宙を飛行した。米国の軍部は危機感を募らせた。その1カ月後、ケネディ大統領が10年以内に人間を月へ送りこむと発表し、宇宙開発競争が勢いづいた。

オーストラリアに住み、宇宙開発史を研究するコリン・バージェスの最新刊『The Greatest Adventure: A History of Human Space Exploration(大いなる冒険――人類の宇宙探査の歴史)』で物語の中核を形成するのはまさにその時代だ。この本では、マーキュリー計画、ジェミニ計画、アポロ計画で実施されたありとあらゆる米航空宇宙局(NASA)のミッションの詳細が、どんな年齢層の宇宙オタクをも興奮させるほど愛情たっぷりに語られている。
一方でバージェスは、ソ連の目覚ましい偉業にも十分な敬意を払っている。ソ連は宇宙競争時代の大部分を通じて優位を保っていたが、突如としてそうではなくなった。バージェスによればその原因は、ソ連の天才工学者セルゲイ・コロリョフが1966年に59歳で早世したことにあるという。スターリンが1930年代後半に行なった大粛清のなかで、強制収容所での2年間を生き延びたコロリョフは、第二次大戦中にロケット開発に取り組み、ソ連による宇宙計画の主任設計者にのぼりつめた。

1950年代半ばに、超高高度飛行が生体に与える影響を調べるために、犬を(当の犬たちに断わりもなく)ロケットに乗せて大気上層部に打ち上げ始めたのは、ほかならぬコロリョフだった。1957年11月、スプートニク1号のわずか1カ月後、コロリョフはそれよりもかなり大きいスプートニク2号を打ち上げた。この人工衛星は、勇敢な宇宙犬ライカの「最後の住まい」になった。
地球上の生物として宇宙飛行を初めて体験したライカは、データを地球へ送り返すバイオセンサーとともに送り出されたが、ライカを帰還させる計画はそもそもなかった。世界中の愛犬家は、ライカを宇宙へ放り出し、酸素が尽きるまで地球の軌道を回らせておく残酷さに抗議した。だが、情報通のバージェスは、信頼できる2名のロシアの情報源から聞いた話として、ライカは打ち上げのわずか数時間後に熱性疲労により死んだ可能性が高いと書いている。どちらかといえば、そのほうがライカにとっては楽だったかもしれない。

ソ連が最初の人工衛星、最初の動物、そして最初の人間を宇宙へ打ち上げた一方で(1963年には、「最初の女性」であるワレンチナ・テレシコワも宇宙へ送りこんだ)、米国も大急ぎでそのあとを追い、やがて多くのサルを上層大気へ打ち上げるに至った。1958年にはNASAが発足し、「astronaut(宇宙飛行士)」という用語(ギリシャ語で「星の船乗り」を意味する)が正式に採用された。米国最初の宇宙飛行士となったミス・ベイカーという名のリスザルは、1959年に宇宙空間に達する短い弾道飛行を完遂した。

それに続いて鉄のカーテンの両側で展開された有人宇宙飛行の物語について、バージェスはただならぬ気迫で語り、大惨事と紙一重の知られざる出来事の数々をサスペンスに満ちた語り口で伝えている。例えばガガーリンの乗った宇宙船は、大気圏への再突入時にすんでのところで炎上を免れた。マーキュリー計画初期に打ち上げられた、ジョン・グレンが搭乗した宇宙船フレンドシップ7も同様だった。宇宙服が膨らんでエアロックを通り抜けられず、あやうく船内に戻れなくなりかけた、ある宇宙飛行士の手に汗握る物語も登場する。アポロ10号ミッションでは、月着陸船が墜落しかけた。着陸船のレーダーが、ランデブーするはずの司令船ではなく月にロックオンしていたせいだ。そして、アポロ11号の月着陸船が無事に着陸できたのは、優秀なパイロットだったニール・アームストロングが、危険な岩の上に着陸しようとしていた自動操縦システムから主導権を奪い、燃料の残り数秒で、より安全な着陸地点まで導くことができたからにすぎない。

また、実際に起きた惨事も冷静に分析されている。たとえば、アポロ計画最初の有人飛行ミッションでは、地上試験中に司令船が炎上して死者を出したが、のちに、受託業者のコスト削減が一因だったことが明らかになった(いつの世も同じなのだ)。ロケットブースターのOリングの凍結により引き起こされた、1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故も、もちろん検証されている(その翌年にはプリンスがこう歌った。「ばかばかしいだろう?/宇宙船が爆発しても/まだみんな飛びたがる」)。

だが、NASAは現在、2020年代半ばまでにまた人類を月へ送りこむ計画を進めている。それはむしろ、こんな疑問を呼び起こす――いったいなぜ、月への飛行は半世紀前に中断されたのか? その答えは、いまにしてみれば驚きだが、どうやら単に「飽きてしまった」からだったようだ。「6分の1の重力のなかを、宇宙飛行士たちが陽気に跳びはねている光景に、多くの人がうんざりするようになっていた」と、バージェスは書いている。「そうして、NASAの月面着陸ミッションに対する世論の支持は急降下した」

では、その頃と今とでは何が変わったのか? たとえば、2020年には中国が無人機を月面に着陸させ、最近ではロシアと共同で月に研究拠点を建設する計画を発表した。それを考えれば、ドナルド・トランプ前大統領が発足させた「宇宙軍」のなかにも、月へ行って主導権を握りたがっている者たちがいるかもしれない。だが、もっと広い観点から見ても、宇宙は魅力を取り戻しているようだ。これは、起業家でビリオネアのイーロン・マスクの行動のおかげでもある。テスラ(Tesla)やスペースX(SpaceX)で知られるマスクはNASAのためにロケットを開発し、2018年にはそのうちのひとつを使って赤いテスラ車を軌道上に打ち上げた(運転席には、デヴィッド・ボウイの曲にちなんで「スターマン」と名づけられたマネキンが座っていた)。マスクによる正真正銘の「ロケット排気ガス」に巻かれて目をしばたたかせているのが、数々の零細企業や、ベゾスのブルー・オリジン(Blue Origin)やリチャード・ブランソンのバージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)といった宇宙企業だ。バージン・ギャラクティックに関して注目すべき事実は、10年以上前から「世界初の宇宙観光旅行が間近に迫っている」と請けあっていることである。

だが、宇宙探査には実際のところ、大富豪の見栄はり合戦以上の重要性があるのだろうか? バージェスは、「宇宙探査は人類にとって必要不可欠だ」と書き、「宇宙をさらに遠くまで旅することは、否定しようのない人類の必然である」と述べているが、その点については、もっと強力に弁護してもよかったのではないだろうか。
宇宙探査よりも、この地球上に解決すべき問題がまだ残っていると主張する人もいるが、それが二者択一の問題だったことはない。それは英国にとって、「EU残留」と「国民保険サービス(NHS)の予算増」が二者択一ではないのと同じことだ。純然たる科学的知見だけでも、強力な理由になる。これまでにハッブル宇宙望遠鏡から生まれ、2021年10月に打ち上げられる予定の後継のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡からも届くであろう、数々の宇宙的発見を考えてみてほしい。

だがおそらく、もっとも説得力のある理由は、たとえ私たちが「地球の世話役」としてもっときちんと振る舞おうと決意したとしても、人類の落ち度ではない原因で地球に住めなくなる可能性があることだろう。もしかしたら大きな小惑星が衝突するかもしれないし、近くの恒星が崩壊してブラックホールになり、その際に生じたガンマ線バーストが地球の大気を破壊しないともかぎらない。そうした場合に、「スペアの惑星」があれば助かるかもしれない。そのとき私たちは、「人類の疎開」を実現可能な選択肢とするために貢献した「宇宙の船乗り」の先駆者たちに感謝することになるだろう。

『The Greatest Adventure: A History of Human Space Exploration(大いなる冒険――人類の宇宙探査の歴史)』は、リークション・ブックス(Reaktion Books)から2021年7月12日に発売されました。

この記事は、The GuardianのSteven Pooleが執筆し、Industry Diveパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまでお願いいたします。

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