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量子コンピュータの新時代を築く「時間結晶」

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絶対零度までわずか1万分の1度という超低温状態にあるヘリウム3(ヘリウムの同位体)の超流動体中で2つの「時間結晶(Time crystal)」を結合させたことは、新しい種類の量子コンピュータへの大きな一歩となるかもしれない。

時間結晶とは原子の奇妙な構造体だ。2012年にその存在が予測され、数年後に実験的証拠が得られた。ダイヤモンドや塩のような通常の結晶では、空間格子のような構造の、規則的に繰り返される空間パターンで原子が配列されている。大半の物質と同様に、原子が基底状態(その原子がとり得る最低のエネルギー準位)にあると原子の振動が止まる。

一方で、時間結晶は空間的ではなく時間的な繰り返しパターンを持つ原子で構成されており、基底状態にあっても前後に振動(スピン)している。この動きは、途中でエネルギーの供給が必要になったり、エネルギーを失ったりすることなく、永続的に維持される。

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こうした時間結晶は、「エントロピー」の概念を否定しうるものだ。熱力学の第2法則では、エントロピーを、時間とともに増大する系(システム)の無秩序さを表す量だと説明している。一例として、太陽を公転する惑星の軌道について考えてみよう。単純化すると、各惑星は時計のように規則正しく動いており、それぞれの軌道上において常に同じ時間に同じ場所に戻ってくると想定できる。しかし実際には、状況はもっと複雑だ。他の惑星や、通り過ぎる恒星の重力によって惑星が引っ張られることで、惑星の軌道に微妙な変化が加えられる可能性があるからだ。

よって、惑星の軌道は本質的にカオス的なものと言える。1つの惑星に対する小さな変化により、全体に大きな影響が及ぶ可能性がある。系は、時間とともに無秩序な状態になる。すなわち、系のエントロピーが増大する。

時間結晶は、「多体局在」として知られる量子力学の原理によって、エントロピーの効果を打ち消すことができる。時間結晶中の1つの原子が力を受けると、力の影響が及ぶのはその原子だけに限られる。したがって、変化は全体的(系全体)ではなく、局所的なものと見なされる。その結果、系はカオス的にならず、繰り返しの振動を、理論的には永久に持続させることができる。

英ランカスター大学の研究員で、物理学講師のサムリ・アウティ(Samuli Autti)は声明で、「永久運動機関が実現不可能なことは、誰でも知っています」と述べている。「しかしながら量子物理学では、観測者が目を閉じている限り永久運動は問題ないのです」

今回の研究を主導したアウティが言及しているのは、ハイゼンベルグの不確定性原理のことだ。この原理は、量子系を観測・測定すると、量子波動関数が崩壊する(初めはいくつかの固有状態の重ね合わせであった波動関数が、「観測」によってある1つの固有状態に収縮すること)ことを示している。時間結晶は量子力学的な性質を持つため、100%の状態で動作し得るのは、環境から完全に分離された場合に限られる。この必要条件は、時間結晶を観測できる時間の長さ(波動関数崩壊の結果として、時間結晶が完全に壊れるまでの間)を制限する。

だが、アウティの研究チームは、多量のヘリウム3を冷却することにより2つの時間結晶を結合させることに成功した。ヘリウム3が特殊である理由は、絶対零度(華氏零下459.67度:摂氏零下273度)のごく近くまで冷却すると、超流動体になるからだ。こうした振る舞いをする物質は少ない。超流動体内は全く粘性がなく、摩擦による運動エネルギーの損失がないため、時間結晶中の原子の動きなどが永久に続く。

フィンランド・アールト大学で研究を行っているアウティのチームは、ヘリウム3原子を操作し、相互作用する2つの時間結晶を生成した。さらに、この時間結晶のペアの観測を、時間結晶の波動関数が崩壊するまで、約1000秒(17分近く)という記録的な長さの時間にわたって続けることに成功した。これは、原子の振動やスピン運動の周期の数十億倍に相当する。

「2つの時間結晶の結合は見事にうまくいくことが明らかになりました」と、アウティは語る。

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今回の研究結果は、完全に実用的な量子コンピュータ開発に向けた一連の有望な研究を創出するものだ。通常のコンピュータのビットは、1か0、オンかオフの2進法であるのに対して、量子コンピュータは、1と0、オンとオフに同時になることができる「キュービット(量子ビット)」を利用するため、計算処理速度がはるかに高速になる。量子コンピュータを構築する一つの方法は、それぞれが量子ビットとして機能するように設計された、膨大な数の時間結晶をリンクさせることだ。そのため、2つの時間結晶を初めてリンクさせた今回の実験により、量子コンピュータを構成する基本単位が形成されたことになる。

一部の時間結晶は、絶対零度近くまで冷却する必要がなく、室温で動作できることが過去の実験で明らかになっているため、より容易に構築することが可能になる。次の課題は、論理ゲート演算(コンピューターによる情報処理を可能にする機能)を、2つ以上の時間結晶の間で動作できるようにすることだと、アウティのチームは指摘している。

今回の研究は、学術誌『Nature Communications』に2022年6月2日付けで発表された。

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この記事は、SpaceのKeith Cooperが執筆し、Industry Dive Content Marketplaceを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@industrydive.comまでお願いいたします。